2009年7月 6日 (月)

友達

昨日は、高知県の西端の故郷から4人の友人たちが車ではるばる見舞いに来てくれました。4人は20才当時(40年ほど前です)のフォークソングのバンド・メンバーでした。カーナビを使用していたにもかかわらず、岡山市内に入って迷ってしまい、少し手間取りましたが13時頃、たくさんのお土産とともに我が家に無事到着。61508153

5人全員が揃ったのは30年ぶりくらいです。4人とも性格・体型もほとんど変わっておらず、昔話に花が咲きました。
バンドをしていた期間は2年くらいでしたが、フルーツパーラーでの週1のライブ、成人式のゲストなど、結構名前が売れていました。その想い出は、今の私にとって本当に貴重なものになっています。
話をしていても、まるで最近のことのように情景が思い出され、話はつきませんでしたが、遠い道のりを帰らねばならず、16時頃4人と別れました。21時前、田舎に着いたとの電話があり、4人それぞれと再び話しましたが、ありがたさに涙が出そうになりました。「皆さん本当にありがとう。私も病気に負けず精一杯がんばります」。
メンバーの写真をとりましたが、今日は、あの頃良く歌った「はしだのりひことシューベルト」のジャケット写真を代わりに載せておきます。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2009年7月 2日 (木)

妹からの贈り物

昨日めでたく定年退職の通知をいただいた私ですが(実際の退職は来年3月31日)、最近体調不良と、体力低下、暑さなどで少しばて気味です。今朝はタクシーで通勤する始末。ここらで何とか体力増強を考えなければと思っています。Dscn3919

ところで、今日は田舎の妹から沢山美味しいものが届きました。ラッキョウ、ちりめんじゃこ、揚げ天、かまぼこ、ゴボウまき、アジとカマスの干物沢山、お菓子などです。感謝しながら、ありがたくいただきます。
次の日曜日(5日)、私の病状を心配して、20歳頃フォークソングのバンドを一緒にやっていた4人の友人達が、高知県の田舎から岡山まではるばる会いに来てくれることになりました。バンド名は「Gut’s」と言って、そのころ田舎では定期ライブなどを行い、結構有名になっていたものです。天気が良ければいいのですが。
(写真はブロックを高く積み上げて得意そうな美夜ちゃんです)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年6月21日 (日)

美夜ちゃんのおとうさん

昨日夕方、名古屋のおとうさんが美夜ちゃんに逢いに来てくれました。Dscn3910Dscn3912

長期出張中のおとうさんですが、やはりしばらく美夜ちゃんに逢えないと寂しくなるみたいです。
しかし、滞在時間はほぼ24時間で、16時過ぎに車で帰っていきました。美夜ちゃんも、泣いて抗議をしていましたが、仕事があるので仕方がありません。次に逢えるのは、来月の下旬に高槻のおじいさん、おばあさんの所で、美夜ちゃん達のお誕生会がある予定なので、まだ1ヶ月もあります。
おとうさん、「事故に遭わないように気をつけて帰ってください」

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年6月14日 (日)

美夜ちゃんとプリクラ

土、日の2日間午前中、美夜ちゃんを自転車に乗せて走りました。少しだけ公園で遊んで後は、あまりに暑いので2日間ともに近所のショッピングセンターの子供用ゲームセンターをウロウロ。美夜ちゃんはボールハウスがお気に入り。アンパンマンのガラガラなど(アンパンマン、あかちゃんまん、食パンまん)を買いました。宣伝用の「ミッフィー」UFO風船をもらった(2日とも)美夜ちゃんは、これほど喜ぶものかと思えるほどご満悦です。
Pri
そうそう今日は美夜ちゃんと二人で「プリクラ」を撮りました。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年6月 3日 (水)

岡山南ロータリークラブ例会

昨日は、「岡山南ロータリークラブ例会」にゲストとして招かれ、30分ほど話題提供をしてきました。
岡山南ロータリークラブは150人ものメンバーを抱えているとのことで、会場の「ホテル・オークラ岡山」の大広間はメンバーでいっぱいです。15年ほど前に高知で同じ例会にゲストで出席しましたが、そのときは30名くらいだったので、岡山の財界はさすがに実力が大きいようです。
月初めの例会は質素な昼食を出し、そこで捻出した資金などで購入した四輪駆動車をアフリカ・マラウイ共和国の自助自立支援に取り組んでいるNGO団体に送っているそうです。質素といってもホテルのカレーライスは私にとって十分に美味でした。
Cimg2287

講演は岡山に絡めた仕事の話ですが、前置きでホテルのある丘は、直ぐ近所に「湊茶臼山古墳」(写真)があるとか、古代吉備の国の話やら、趣味の話を長々してしまいました。大勢の前で話すのは昨年の防災シンポ以来でしたが、貴重な経験です。Dscn3828
 夕方、仕事帰りに近所の公園で美夜ちゃんがお婆さん、お母さんやお友達と砂遊びをしているに出会いました。本当に美夜ちゃんは水遊びや泥んこ遊びが大好きです。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年5月27日 (水)

慈光院と島の山古墳

25~26日開催された大阪での会議終了後、奈良県香芝市在住のOさんに車で大和路を案内していただきました。
26日、会議終了が少し遅れ、JR天王寺駅から大和路快速電車に乗って、JR王子駅に13時40分頃到着。
Oさんはすでに駅前に車を止めて待ってくれています。
そこから北に「法隆寺」山門前を通り、「法綸寺」と「法起寺」の三重塔を眺め「慈光院(じこういん)」に到着。ここは数年前にOさんたちと花見の会で一度訪れ、気に入ったので、そのすぐ後に天気晴朗さん夫妻と我が家の奥様の4人で再度訪れた所です。
200905261507000

慈光院は「寛文3年(1663)片桐石見守貞昌(石州)が、父貞隆(慈光院殿雪庭宗立居士)の菩提寺として自分の領地内に、大徳寺185世玉舟和尚(大徹明應禅師)を開山に迎え建立した臨済宗大徳寺派の寺院。
 寺としてよりも境内全体が一つの茶席として造られており、表の門や建物までの道・座敷や庭園、そして露地を通って小間の席という茶の湯で人を招く場合に必要な場所ひと揃え全部が、一人の演出そのまま三百年を越えて眼にすることができるということは、全国的に見ても貴重な場所となっている。 」そうです。
ここにくると本当に心が落ち着きます。お茶をいただき、Oさんと近況を話しながら1時間ほど滞在。もう一度くることが出来れば、次は雨の日に、大和の青垣を借景にした、しっとりとした庭を眺めたいものです。

200905261603000

そのあと、「島の山古墳」を案内していただきました。この古墳は大阪在住の頃、一度訪れてみたいと計画しながら、交通の便が悪いため実行できず、気になっていたのです。Oさんは私が大の古墳好きと知っているので、付近で何度か場所を尋ねながら、あきらめずに探し当ててくれました。
この古墳は、周濠も完全に残った美しい巨大前方後円墳です。
磯城郡川西町大字唐院にあり、曽我川と飛鳥川、大和川が接近して流れている場所に造られています。「全長192mの周囲に周濠がめぐる前方後円墳であり、奈良県下の前方後円墳300余基中、第20番目の規模」とのことです。
 この周辺には約20基の古墳群があるそうで、そういわれてみると、畑や住宅地の中に、こんもりとした森がいくつも見えました。
16時30分ころOさんに王子駅まで送っていただき、岡山に帰ってきたのは、19時前でした。
体調は良いとはいえませんでしたが、短いながらも充実した大和路探訪になり、今回もOさんの配慮に感謝しています。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2009年5月19日 (火)

姪の結婚と故郷

15日から18日にかけ忙しく行動しました。
Sany0245
15日お爺さんお婆さん、お母さん、美夜ちゃんの4人は14:10発龍馬エクスプレス(高速バス)で高知へ。その夜は妹夫婦、今回結婚する姪のカップルと食事のあと、ホテル泊。

翌日は高知市内のホテルで結婚式と披露宴がありました。姪は私の自慢の姪で美人です。結婚相手も今風の美男子です。Vlcsnap12150801_2

ぜひ幸せになってもらいたいものです。思い出に残る、いい結婚式でした。
その夜はジャンボタクシーで妹夫婦と故郷の宿毛へ。
翌日(17日)は、我が家の奥様の家の墓参り、92歳になった入院中の奥様のお母さんのお見舞い、妹夫婦、2人の姪夫婦、姪の2人の子供達と我が家の墓参りをすることが出来ました。
今回も妹夫婦や姪には世話をかけっぱなしで、帰ってきましたが、感謝です。
それにしても、美夜ちゃんは披露宴でも田舎でも皆さんによくなついて、その分タップリとかわいがっていただきました。本当に得な性格をしているようで、お爺さんもお婆さんも大喜びデス。
Vlcsnap12151250_2

(写真は結婚式場での美夜ちゃんと爺さん、姪の後ろ姿、我が家の奥様の兄さんが経営する写真スタジオでの美夜ちゃん)

今日は、疲れが出たのか体に力が入らず、歩くのもやっとです。体力の低下は少し深刻です。
県の会議に出ましたが、心ここにあらず。来週初めは大阪で最後の会議、6月も何かと忙しい日々が続きますので、何とか気力を充実させなければなりません。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2009年5月 9日 (土)

岡山O.B会へ出席

今日はO.B会へ誘われていました。現役を代表して挨拶をすることになっていて、昼前「あと1時間ほどあるので、これから挨拶の内容を考えよう」と家でゴロゴロとしていたら、この春に退職しO.Bになって徳島に住んでいる「天気晴朗」さんが突然我が家に現れました。Dscn3877

おかげで、何も考えずに出かけてしまうことになりましたが、なんとか挨拶の方はそれなりです。会場には懐かしい先輩の方々が30人ほど集まっていましたが、皆さん本当にお元気そうで、病気の私が逆に励まされました。酒は飲めませんが、出席して良かったと思っています。
写真は今日の可愛い美夜ちゃんです。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年5月 5日 (火)

箸墓・ホケノ山古墳から磐余そして岡山へ

3日は飛鳥坐神社から、大和三山の真ん中を巡って神宮駅前駅で自転車を返却。八木西口近くのホテルに入ったのが18時前でしたが、疲れが出たのと持病の腹の不調で夜半頃まで少し苦しみました。それでも何とか眠ることができ、4日朝は6時起床。ホテルを8:30頃退出し、近くのJR畝傍駅08:58で桜井に09:05到着しました。
駅前でレンタサイクルを借り、まずは近鉄線の線路を北に越え「箸墓」に向かいました。
Cimg3741_2
     (箸墓をバックに。左後方の山は三輪山)
曇り空でしたが、箸墓の後方には三輪山が綺麗に見えています。しばらくこの美しい古墳を眺めながら時を過ごし、以前一度訪れながら写真を撮っていなかった最古の前方後円墳ではないかといわれている「ホケノ山古墳」を目指します。箸墓付近にあったことは記憶していましたが、少し道を迷い、おかげで一度も見ていなかった「茅原大墓(ちわらおおばか)古墳」に遭遇。そのあとホケノ山古墳も見つかり、ちょっとラッキーな気分です。
Cimg3770
     (ホケノ山古墳後円部をバックに)
その後は、昨年、岡山に転勤になる直前に訪れた「磐余(いわれ) 」地区を訪れました。ここには幾つかの天皇宮跡がありますが、前回時間の関係で省略した「敏達天皇(びだつてんのう)訳語田幸玉宮(おさたのさきたまのみや)跡」のある「戒重(かいじゅう)」町の「春日神社」を探します。Cimg3771
 
いつも方向音痴でとんでもないところに行ってしまう私ですが、地図を持っていなかったが幸いしてか(?)偶然春日神社正面に出ることが出来ました。訳語田というと、天武天皇の子で継母の持統天皇の陰謀により非業の死を遂げた、大津皇子の屋敷があったといわれる所でもあります。
Cimg3781
  (吉備池から磐余稚桜宮跡付近を写す)
あとは以前訪れた「用明天皇磐余池辺雙槻宮(いわれのいけのへのなみつきのみや)跡」-「神功(じんぐう)皇后・履中(りちゅう)天皇磐余稚桜宮(いわれのわかざくらのみや)跡」-「清寧(せいねい)天皇磐余甕栗宮(いわれのみかくりのみや)跡」を巡り、継体天皇の「玉穂宮」があったのではないかと推定される地区の写真を撮って、桜井駅に戻ろうとしましたが、ここでしばらく道に迷いました。
いつの間にか最初の「春日神社」の前に出てきてしまっています。自転車で通りかかった私と同年輩くらいの女性に道を尋ねると「私も桜井駅に行くところですから、ご一緒しましょう」とのこと。その方としばらく自転車を漕ぎながら世間話をして、桜井駅に無事到着しました。今回は、本当にいい出会いがありました。
 
13:04の上本町行き準急電車に乗り込み、JR高槻駅に14:50頃到着。駅前の喫茶で「抹茶白玉アイス」を食べながら、美夜ちゃんを待ちます。約束の16時より少し前、お父さんとお母さんに手を引かれて現れた美夜ちゃん。Cimg3797
今回は高槻のおじいちゃん、おばあちゃんにも良くなついて、いい子だったそうです。新大阪16:45発の「のぞみ」車中では少し悪い子になった美夜ちゃんですが、17:30お婆さんが待つ岡山駅に無事帰ってきました。お父さん、またしばらく美夜ちゃん母子を預かります。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2009年5月 3日 (日)

真弓の丘と明日香

今日は6時に目覚め、ホテルを8時前に退出。近鉄阿倍野駅から08:20の吉野行き急行で橿原神宮前駅に09時前に到着。駅東口でレンタサイクルを借り、早速出発です。

最初は「軽」の「応神天皇宮跡」をたずねました。セルフタイマーで写真を撮ろうと四苦八苦していると、私より少し年配と思われる男性が「シャッターを押しましょうか」と声をかけてくれました。その方は地元の方で、宮跡の横の高台が「軽寺跡(蘇我氏が建てたといわれる大きな寺)」であることや、近くの「見瀬丸山古墳」のことなどを親切に説明してくださいました。

Cimg3647_2

見瀬丸山古墳は昨年秋に訪れたときと比べて、草刈りをしてあり、面目を一新しています。やはり奈良県随一の規模を誇る大前方後円墳が荒れ果てたままでは残念ですから、私は少し嬉しくなりました。

さて、真弓の丘です。最初は飛鳥駅の直ぐ裏にある「岩屋山古墳」を見学。さすがに精緻な石組みの古墳は気持ちがいいものです。
Cimg3654

Cimg3659

その後、「真弓鑵子塚古墳(まゆみかんすづかこふん)」に向かう坂道を息を弾ませて上り、何とか到着。数年前に天気晴朗さんと訪れた時には、墳丘の木々に蔓がびっしりと絡んでいましたが、最近改めて発掘調査が進んだこともあってあってか、少し綺麗になっていました。ところが古墳に近づいてびっくりです。なんと、柵がしてあり、「環境保全のためと、私有地であるため、立ち入り禁止」とのこと。世の中に知られるのも良し悪しです。それにしても、数年前に実際に石室に入ることが出来たのは幸運でした。仕方なく「牽牛子塚古墳 (けごしづかこふん)」を見学し、その後「マルコ山古墳」を写真に撮り、真弓の丘を離れました。
Cimg3680

初めて訪れた「於美阿志神社・檜隈寺跡 ( おみあしじんじゃ・ひのくまでらあと )・宣化天皇宮跡」を経由し、文武天皇陵、高松塚に到着。ここはすごい人だかりです。しかし高松塚はシートをかぶり、工事現場のようでした。早く綺麗に整備していただきたいものです。それにしても連休中の明日香は人とレンタサイクルであふれています。
 
今日は、体が思うように動きません。最近、体力低下と体調悪化が徐々に進んできているようです。
天武・持統天皇合葬陵~亀石~橘寺~川原寺跡~ミロク石~伝板葺きの宮跡~酒船石~飛鳥寺を回り、今、「飛鳥坐神社 (あすかにいますじんじゃ)」の休憩所で、今日の中間報告を書いているところです。
Cimg3714

そのときskypeで我が家の奥様から呼び出しがあり、それに応答していると、傍らで休憩をしていた男性が声をかけてくれました。その方は群馬県の方で「大阪に嫁いだお嬢さんの家を訪ね、少し時間があるので、飛鳥を訪れた」とのこと。しばら、その方と話し込み、メールアドレスを交換。このブログに写真を載せることも快諾していただきました。
今日は、いい出会いがあった日です。
さて、この後は「甘樫丘」や「畝尾都多本(うねびつたもと)神社」などを回って、橿原市のホテルに入る予定です。
(写真は見瀬丸山古墳、岩屋山古墳、真弓鑵子塚古墳、高松塚公園の四神を象った花壇、渋沢さん)

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2009年5月 2日 (土)

美夜受比売(みやづひめ)高槻に

ゴールデンウイークの最中です。今日は美夜ちゃんのお父さんが休みを取れたので、大阪高槻のお父さんの実家で落ち合うために、美夜ちゃんとお母さんを連れて大阪に出てきました。16時過ぎ高槻でお父さんと合流。美夜ちゃんとお母さん、お父さんが手をつないで高槻駅の駐車場に向かって歩いてゆくのを見送っていると、何故かほんのりとした気持ちと、少し寂しい気持ちが同時に起こりました。自分自身、何か変です。Cimg3633
Cimg3637
(写真は新幹線車中と、高槻駅前のデパートの風船広場でご機嫌の美夜ちゃんです。)
お爺さんは、今日は天王寺のホテルに泊まって、明日は明日香や真弓の丘をレンタル自転車で巡るつもりです。明日夜は、橿原近くのホテルを予約していますので、近くの「箸墓」でも訪れてみようと思っているのです。
実は、体調の関係から、もう大和路を訪れることをあきらめていたのですが、ブログである方に励まされたのと、今回、美夜ちゃんがお爺さんに与えてくれたチャンスと思って、体調のことを忘れて楽しんできます。
 
明後日夕方には再び美夜ちゃん母子と落ち合って、岡山に一緒に帰ります。
2泊だけの短い滞在ですが、「美夜ちゃん高槻のおじいちゃん、あばあちゃん、お父さんたちと楽しく過ごしてください。お爺さんも精一杯楽しんできます。」
今回、モバイルパソコンを持参し、天王寺のホテルでこれを書いています。岡山でフェレットと留守番中のお婆さん、読んでいますか。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年4月29日 (水)

オリエント美術館のエジプト展

「昭和の日」、今日はいい天気です。朝から爺さんは、婆さんの買い物に動員されて、美夜ちゃんと3人、自転車で15分ほどの所にある「もち吉」という煎餅屋に行ってきました。売り出し日の今日は、驚くほどのお客さんがいて、お婆さんが支払いに並んでいる間、美夜ちゃんとお爺さんは店の周りを30分ほど散歩しました。

帰り道「ローソン」で「吉村作治の新発見!エジプト展」チケットを3枚購入。Sany0044

昼前、お母さんを含めた4人は電車で「岡山市立オリエント美術館」へ。
この特別展は、彼の吉村作治さんが発掘した「親子ミイラ(レプリカ)」、「夫婦ミイラの入った木棺」などが展示されているのです。美夜ちゃんのお母さんはエジプト文明のファンなので、私たちもつき合ってあげたのでした。Sany0038

古代史が好きなお爺さんですが、何故か外国の史跡などには、あまり興味が無く、これも全く興味がない美夜ちゃんが、気ままに歩き回る監視人のようでした。
ここで、お婆さんは何故かエジプトと何ら関係なさそうな布のバックを「記念に美夜ちゃんに」と言って買いました。
最近美夜ちゃんは「いい顔をしてー」と言うと、満面の笑顔を見せてくれるようになりました。
美術館は1時間ほどで退出。その後「イトーヨーカドー」で買い物をして帰宅しました。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年4月27日 (月)

大阪のおじいちゃんおばあちゃんとskype開通

金曜日夜、出張で大阪の実家を訪れた美夜ちゃんのお父さんが、おじいちゃんおばあちゃんのパソコンにskypeをインストール。
おかげで、美夜ちゃんを見せることができるようになりました。美夜ちゃんもカメラの周りを走り回って、愛嬌を振りまき、元気な姿を見てもらいました。Dscn3856v
 
 
土曜日は一日中雨の天気、日曜日は強い冬型の気圧配置に逆戻りし、美夜ちゃんも家の中で退屈そうでした。それでも、おじいさんは日曜日の午前中、自転車に乗せて、近所のショッピングセンターに出かけ、美夜ちゃんと遊びましたが、美夜ちゃんは本当に疲れ知らずで、元気です。
ベランダでお母さんのつくったシャボン玉を追いかけて遊んでいる美夜ちゃんでした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年4月19日 (日)

休みの日には

美夜ちゃんが来てくれて2週間がすぎました。
Dscn3797Dscn3805
Dscn3823
Dscn3842
休みの日には、いつも朝から美夜ちゃんを自転車に乗せて、1時間ほど近所を廻ります。
昨日は、近くの岡山市埋蔵文化財センターに出かけ、しばらく見学。
当然ながら美夜ちゃんは、そこに展示されている物に何の興味もありません。
(2番目の写真は歯磨きをしているように見えますが、実はヨーグルトを食べているのです)
今朝は公園で、滑り台の相手をしましたが、なかなかやめようとしません。
美夜ちゃんの相手は結構骨が折れるのです。
 
毎日外で遊んでいるので、美夜ちゃんは色が真っ黒です。
髪をアップにして、腹巻きのようなズボンを履いた美夜ちゃんを見ていると、最近良くテレビCMで視るバカボンのパパみたいです
この所、体調が非常に悪くなってきました。
それでも美夜ちゃんのおかげで、病気のことばかり考えることは無いのです。

そうそう、昨日、お婆さん、お母さん、美夜ちゃん、お爺さんの4人はトイザらスに行き、「ハローキティ」の乗り物を買いました。その後、イトーヨーカドーで買い物と食事をして帰ってきました。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2009年4月12日 (日)

美夜受比売と花見

今日も引き続きいい天気です。昼前に弁当を持って美夜ちゃん、おばあさん、おかあさん、おじいさんの4人で旭川堤の花見に出かけました。
Dscn3783

桜は満開が過ぎ、葉っぱが出ていますが、花見気分に浸るのには十分です。
Dscn3773

今日も美夜ちゃんは、犬の散歩に駆け寄り嬉しそうです。二匹のダックスフンドと、美夜ちゃんと同い年の女の子が一緒で、しばらく遊んでいました。Dscn3788
旭川を眺めている美夜ちゃん親子を見ていると、本当に幸せな気持ちが湧いてきました。きっと、おばあさんも同じ気持ちだったでしょう

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年4月11日 (土)

美夜受比売と吉備路へ

美夜ちゃんが来て1週間になりました。数日前から晴天が続き、今日、お婆さん、お母さん、美夜ちゃん、お爺さんの4人はタクシーで吉備路を訪れました。
朝10時30分、いつも来てもらっているAタクシーの運転手さんの運転で、まず「吉備津彦神社」に参拝。駐車場には沢山の鯉のぼりが泳いでいます。美夜ちゃんは張り切って階段を上がり、ご機嫌の様子。
Dscn3648

次は、「吉備津神社」です。Dscn3658
 
ここでも美夜ちゃんは一生懸命階段を上がって、最近葺き替えられた檜皮葺国宝本殿を参拝しました。
その後は、桃太郎、沿道の「鯉食神社」や「造山古墳」のうんちくを語る、お爺さんの話を仕方なく聞きながら、11時40分頃、桃の花が美しくさいている「備中国分寺」へ到着。
Dscn3683
 
 

桃の花と五重塔を背景にして、草地で遊ぶ美夜ちゃん。本当に美夜ちゃんは草むしりやら、どろんこ遊びが好きです。五重塔下の木陰で食事をしましたが、脇に鐘楼があり、鐘が鳴るたびに泣いてしまう美夜ちゃんでした。臆病でもあります。Dscn3719
Dscn3738

食事後、コウモリ塚古墳を訪れました。(お爺さんと石室前で)古墳前は菜の花が咲いており、本当に綺麗でした。
Dscn3765
最近「ワンワン」と言う言葉を憶えた、美夜ちゃんは可愛い小さなコリー犬を見つけて、駆け寄り、嬉しそうにしていました。
 
 
 
14時頃、朝の運転手さんと待ち合わせ、15時前に帰宅。
今日は初夏のような気温で、遅れていた桃の花も一気に満開でした。
お婆さんもお母さんも美夜ちゃんも、満足そうなので、喜んでいる今日の爺さんでした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年4月 6日 (月)

美夜受比売(みやづひめ)がやってきた

土曜日の夜、私の大切な孫、美夜ちゃんがやってきました。Dscn3592
体調が思わしくない爺さん(私)を慰めるために来てくれたのです。今回はお父さんが長期の出張になるので、少し長くいてくれそうです。
土曜日、朝から美夜ちゃんを乗せるための自転車チャイルドシートを購入、ボールハウスを出したり、あれこれと準備しながらソワソワと美夜ちゃんを待っていました。20時頃美夜ちゃん一家が到着。フェレットの「プー太郎」も一緒です。
 
翌、日曜日は、お父さんの運転でトイザラスに行き、美夜ちゃんの椅子、お絵かきボード、ままごとセット、可愛い靴二足などを買いました。Dscn3618

お父さんはそのまま、遠い道のりを車で帰って行きましが、しばらく美夜ちゃんに逢えないのがかわいそうです。
爺さんとばあさんは早速、美夜ちゃんを自転車に乗せたり、買ったばかりの赤い靴を履かせて散歩したりしてすごしました。
美夜ちゃんは、驚くほど好奇心が旺盛です。私のまねをして、寝転んでボールを足ではさんで遊んだりします。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2009年3月30日 (月)

備中国分寺の桃はまだです

昨日(日)は久しぶりに腹の調子が良く、電動自転車で「備中国分寺」の桃の花の偵察に出かけました。Dscn3520

途中「犬養木堂(毅)記念館」に立ち寄りました。犬養さんは5.15事件のテロで犠牲になりました。凶徒の青年将校に向かって「話せばわかる」と諭したことは、有名ですね。
花の状態は、結論から言うと、桃はまだ蕾が堅く、ソメイヨシノも2分咲きの状態。レンゲはぽつぽつ咲き始めです。
Dscn3551
昨年は4月12日に出かけて、桃の花の咲く、素晴らしい吉備路を堪能しましたが、桜の開花の早かった今年は、ここ数日の寒気で逆に、桃も桜も開花や満開が遅い気がします。
それでも、菜の花は満開です。「コウモリ塚古墳」や「造山古墳」なども、菜の花を前景にして、うららかな景色を作り出していました。
帰りは、最近の体力低下のせいか、情けないほど、よれよれに疲れてしまいました。
 
今日は、なぜ昼間から家にいて、ブログなど書いているのでしょうか。実は数日前から前歯が痛み、我慢が出来ない状態になってしまったので、歯科を受診するために、ついでに仕事を休んだのです。
Dscn3577
その後、あまりに天気がよいので、我が家の奥様を誘って、散歩がてら「旭川堤」の桜を見に行きましたが、桜はまだ3分咲きで、今日は桜の写真は無しです。その代わり「岡山城と水辺の桃ちゃん」を載せてみました。
散歩からの帰り、近所で自転車店を見つけ、パンクしたまま半年くらい放置していた、買い物自転車のパンクを修理してもらいましたが、その店のご主人の話が面白く、1時間ほど店先で四方山話をして帰りました。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2009年3月20日 (金)

岡山緑化フェア

今日から開幕の岡山緑化フェアに行ってきました。Dscn3450
Dscn3456
会場は我が家からバスで20分くらいの、岡山市東部の西大寺地区です。
西大寺は、天下の奇祭「西大寺会陽(さいだいじえよう)はだか祭り」で有名で、つい最近行われたばかりです。
 
しかし、今日の最高の見物は会場近くの交差点で、毛糸の帽子をかぶったワンちゃんが、しっかりと飼い主のおじさんの肩に手をかけて自転車の後ろに乗っているのを見たことです。
本当にユーモラスで、なかなかいい情景です。我が家の奥様も感心することしきりでした。
 
会場では、「青いバラ」や花で造った「造山古墳」「広島県庄原の水仙」などを見ましたが、会場全体に、まだ花が咲きそろっていない印象でした。
体調が思わしくなく、早めに帰って奥様とWBC日本ー韓国戦を観ました。今日はスッキリと雪辱。良かったです。

Dscn3483
Dscn3512

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年3月18日 (水)

美夜受比売(みやづひめ)の雛祭り

美夜ちゃんの雛祭りの写真を送ってもらいました。
P3030018
P3030023
 
P3150062

すまし顔の写真はほとんど無くて、笑ったり、泣いたり、あくびをするなどの写真が多く、余りの可愛さに、笑ってしまいました。
 
いたずらっ子も、この日ばかりはドレスを着せてもらっています。
雛人形は今年買ったばかり、もうひとつの雛人形は大阪のおばあちゃんの手作りです。
 
だんだんと暖かくなり、桜の開花も目の前です。
来月はじめには吉備路の桃の花が満開になるので、我が家の奥様を誘って、備中国分寺あたりに出かけましょう。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2009年3月16日 (月)

備前車塚古墳へ

昨日(日曜日)は自転車で龍ノ口山にある古墳などを訪れてみました。
いい天気です。岡山県のイメージキャッチフレーズは「晴れの国岡山」ですが、冬場は結構雲の量が多く、このようにすっきりと晴れるのは珍しいくらいです。体調は良くありません。前日は寒く、明け方近くまで雨が降っていたせいもあり、一日中家の中に籠もっていたので、「これはいけない」と、思いきって出かけたのです。
Dscn3382
    賞田廃寺跡(後方の山が龍ノ口山)

家から30分ほどで龍ノ口山の南麓に到着。「賞田(しょうだ)廃寺跡」で少し休憩した後、「四御神(しのごぜ)」というところにある「備前車塚古墳」を目指します。四御神の由来は、すぐ近くに「大神神社(おおがじんじゃ)」という古い神社があり、この祭神が少毘古那(すくなひこな)神、大穴牟遅(おおなむち)神、三穂津姫神(別名、多紀理姫・木花咲耶姫)、大物主(おおものぬし)神の四神であることによると思えるのですが、この地区には大神神社のほかに、「柿本明神」「梨木本明神」「松尾御崎宮」という、現存しない三つの神社があったそうで、これら四神社のことを言うとの説もあります。
奈良県の有名な神社と同じ神社名で、ほぼ同じ祭神ですが、奈良県の神社は「おおみわ」と読みます。

Dscn3433

地区の高台に何棟かの団地があり、団地の果てるところが公園になっています。そこから一段高くなっているところに、小さな池があります。「備前車塚古墳」は、その池の西側の山頂にあり、池の西端から登山道が延びていますが、この道は標高257.1mの龍ノ口山の登山道にもなっています。
昨年5月18日にも麓まで来たのですが、蛇が出そうなので止めておいたのでした。道は結構急です。元気な頃と比べると3分の1ほどの歩く速度ですが、途中、南の景色が開ける所から、右手に古墳への分かれ道がありました。
Dscn3429
    操山が見えます
この道は、最近造りつけたと思われる階段状の整備された道で、途中にベンチなども設置され、そこから南に広がる街並みや、私が住んでいる、操山あたりがよく見えます。30分ほどで古墳後方部に到着しました。
Dscn3419

墳長48.3m、後方部長23m、前方部長21.8m、二段築成で前方部が三味線のバチ形に開く最古形式の前方後方墳とのこと。(写真は後方部から前方部を望む)やや大振りな葺石があちらこちらに見られます。三角縁神獣鏡などが13面も出土したそうですが、今、地元では見ることが出来ません。
木が生い茂り、景色は直ぐ北側の龍ノ口山山頂くらいしか見ることが出来ませんが、造られた当時は、自分の勢力範囲を全て見ることは出来る、絶好の場所だったのでしょう。
下山は落ち葉が積もっているので、非常に危険です。事実何度か滑って、転びそうになりました。「古墳奮闘」という素晴らしいブログで活躍しておられる「かまどねこ」さんも落ち葉のことを書いておられました。それにしても足が覚束ないのは歳のせいでもあります。
池の所まで下山し、そこから直ぐ北の「龍ノ口八幡宮」上り口鳥居付近にある「四御神谷口古墳群」の横穴式石室を見学しました。
Dscn3442
付近にはまだ古墳群があるのですが、体力が伴わずこれで、行動は終わりです。
 
その後、百間川の土手に座り「百間川遺跡群」の竪穴住居跡を眺めながら、しばらく日向ぼっこをし、13時過ぎに近所でタイヤキを買って帰り、我が家の奥様と美味しく食べました。まったく平和といえば平和な一日です。
Dscn3446
    百間川遺跡群竪穴住居跡(後方は操山)

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2009年3月 7日 (土)

良い知らせ 〜SUNNY〜

 体調は少し良くありませんでしたが、今日は天気が良く、自転車で操山周辺を走り、日向ぼっこをしてきました。昼過ぎに帰ってくると、田舎の妹から電話で「次女の結婚式が5月中旬に決まった」とのこと。久しぶりに良い知らせです。
 午後からはエレキギターカラオケを少し収録。これでBeatlesの10曲とアクエリアス、カリフォルニアドリーミン、ゴールドフィンガーのテーマ、My Girl、ゴッドファーザー愛のテーマ、思い出のソレンツァラ、SUNNYの合計17曲「60's POPS VOL,1」のファイルが出来ました。後はDVDに焼くだけです。
 今日はその中から「BOBBY HEBBのSUNNY」を載せてみました。「ひょうげん舎まるち」さんによると、昔、スパイダースの堺正章さんも歌っていたそうです。Bobby_hebb_sunny

 メロディは単純明快ですが、途中2度も転調をするやっかいな曲です。
 例によって、バックはMIDI、演奏は「へたくそたこさん」、ギターはモズライト、96kbpsのMP3データです。

 名古屋の美夜ちゃんは元気で、毎日悪戯をして、お母さんを困らせているようです。元気が何より。おじいさんも頑張ります。

| | コメント (17) | トラックバック (0)

2009年2月16日 (月)

浄瑠璃寺へ

 翌14日、浄瑠璃寺を訪れました。浄瑠璃寺は、奈良東大寺などの裏山といってよいほどなのに、寺のある加茂町は京都府になるのです。
Dscn3339
   浄瑠璃寺山門前の馬酔木の花
 予想どおり、夜の間に雨は止み曇りですが、前日に続き、気温が高い一日です。大阪天王寺の宿を10時前に出て、JR大和路快速で奈良についたのですが、バスの時刻には、まだ1時間もあります。近くの興福寺辺りを歩いてみようかとも思いましたが、前日の行動で疲れが出たのか、体調がすぐれません。
 結局駅前の店でコーヒーを飲みながら時間をつぶし、11:35のバスに乗り込みました。バスには私のほかには一人しか乗っていません。この時期「浄瑠璃寺の春」には、あと少し遠いのでしょう。
 参道を歩くと馬酔木の花が少しだけ咲いていました。可愛いメジロが馬酔木の花の蜜を盛んに吸っています。
 浄瑠璃寺には、これまで3度訪れていました。特に2度目は3年前で、私は大きな手術を受け、退院したばかりで、その直後に長く療養したあと逝ってしまった母を見送り、我が家の奥様と訪れたのでした。
 そのときは、大好きなこの寺を再び訪れることができた幸せを感じたことが想いだされます。
Dscn3365
    五重塔を背景にして
 今回の4度目はそのときとはまた違った想いで訪れています。
 「多分これが最後の浄瑠璃寺訪問になる」との想いです。
 その意味で、大好きな馬酔木の花が咲いているのを見ることが出来たのは、本当に幸運でした。
 阿弥陀堂に入り、九体の阿弥陀如様を拝んだ後、浄土式庭園をめぐり、薬師如来様のおられる五重塔を仰ぎ見て、短い滞在は終わりました。
Dscn3374
    九体阿弥陀堂を背景にして
 想いを残さないために、帰りのバスでは後ろを振り返らず、新幹線の車中でも「本当に、これで大和路への想いが断ち切れたのだろうか」と自問しながら、二日間の大和路巡りが終了したのです。
 楽しくもあり、寂しくもあった大和路でした。

 夜から、体調は最悪となり、翌15日(日)は終日寝込んでしまいました。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

山之辺の道を歩く

 13日(金)から14日(土)にかけて大和路を歩いてきました。
 この春に定年退職する友人二人の送別会が大阪であり、昼間は空いていたのです。
 大和路は、たくさん行きたい所がありますが、飛鳥は昨年の10月に友人たちと歩いたので、これが最後になるかもしれない「山之辺の道」を選びました。
Dscn3293
      
 岡山の家を06:40に出発し、新大阪からなんばを経由し近鉄天理には10時前に到着しました。
 山之辺の道は、桜井から天理までの柳本を中間点とした南山之辺や、天理から奈良興福寺までの北山之辺があり、これまで色々なバリエーションで10回くらい歩きましたが、今回のコースは天理市の「石上(いそのかみ)神宮」から桜井市の「大神(おおみわ;大三輪)神社」までの約15kmです。
Dscn3217
  トレイルセンターの庭で崇神天皇陵を背景に
 低気圧が日本海に入って発達するため夜には天気が崩れ、「春一番」が吹きそうで、その分、日中は気温が上がる予想です。
 事実、春物のパーカーと薄手のセーターを着ていったのですが、1時間ほどでセーターは脱いでしまいました。
 何回も歩いた道ですが、今回は特別な感慨を持って、山之辺の隅々まで楽しむように、ゆっくりと巡りました。
 可憐な夜都伎神社の拝殿と本殿、竹之内や萱生町の環濠集落、道の片隅に佇む人麻呂の歌碑、衾田陵や崇神・景行天皇陵などの古墳群、遠くには箸墓古墳や畝傍山、耳成山、二上山、葛城、金剛、生駒の山々が霞に包まれて見えます。
 収穫が終わり、綺麗に剪定がすんだ柿の木畑、梅はまだ咲きはじめですが、道沿いには可憐な花が咲く頃でもあります。
 Dscn3267
      箸墓古墳が遠くに見える
 体力が落ち、少しリュックが重かったせいもあってか、最後は相当に疲れ、いくつかのスポットを省略せざるを得ませんでしたが、何とか16時頃大神神社を最後に、山之辺に別れを告げました。
Dscn3275

 夜は、友人たち10数名が天王寺の行きつけの店に集まり、22時頃まで談笑。近くの宿に入りましたが、一日のことが思い出され、いつまでも眠ることが出来ませんでした。
 
 さて、翌日は「浄瑠璃寺」を訪れます。
 なお、この記事の詳細は、後日「古代への道」に掲載する予定です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月11日 (水)

imagine-the Beatles

 建国記念の日です。神武天皇所縁の橿原神宮では例大祭が行われていることでしょう。1287496926
 さて、今日は午前中自転車で買い物に出かけ、春物の服を2点買ってきました。朝は晴天でしたが昼頃から天気は曇りがちになり、寒くなってきました。
 DVDエレキカラオケを少し・・・今日はBeatlesからAnd i love her、Michelle、Hey Jude,Let it be、She loves You、Imagineの6曲を録音。
 その中からImagineを載せてみました。演奏は「へたくそたこさん」、バックはMIDI、ギターはフェンダー・ストラトキャスター、96kbpsのMP3データです。Imagineはビートルズというより、ジョン・レノンの・・・というべきかも。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月 7日 (土)

あのとき君は若かった

 スパイダーズはG・Sの草分け的存在で、1961年から活動を開始したとのことです。Spi
「フリフリ、ノー・ノー・ボーイ、青春ア・ゴー・ゴー、ヘイ・ボーイ、サマー・ガール、夕陽が泣いている、 なんとなくなんとなく、太陽の翼、バラ・バラ、風が泣いている、あの虹をつかもう、いつまでもどこまでも、エレクトリックおばーちゃん」他多数の楽曲がありますが、今日は「あのとき君は若かった」を録音してみました。
 曲としては特に難しくありませんが、それだけに工夫のしようがなく、演奏は単調になっています。
 演奏はたこさん、ギターはモズライト、バックはMIDI、MP3の96kbpsです。

 このところ体調は良いとは云えませんが、朝から3時間程自転車で出かけ、途中電気店でSDメモリを買いました。4Gbyteで1800円。22年前にソフト開発用として、裏技でNECから提供されたハードディスクが20Mbyte(最近のデータ量は膨大で、写真データを10枚も入れると満杯です)だったことを思うと、ばかばかしい程安くなりました。

| | コメント (12) | トラックバック (0)

2009年2月 1日 (日)

2月になりました〜長良川艶歌〜

 早いもので、もう2月です。美夜受比売が帰ってから、10日になりましたが、毎日、比売の写真やビデオを編集したり見たりしています。
 Dscn3017_2
 今は良い時代で、インターネットのskype(テレビ電話)で比売といつでも逢うことが出来ますが、やはり抱っこ等出来ないので、少しもどかしくも感じます。我ながら本当にバカなじいさんです。
 
 それでも少しは何かをやらなくてはと思い、昨日は去年10月に「明日香を巡った」記事をHPにまとめ、今日は久しぶりにエレキギターを録音・録画を再開しました。Dscn2980
 楽天ママさんリクエスト、五木ひろしさんの「長良川艶歌」を録音してみました。
 簡単と思っていましたが、細部に気を使って楽譜を見ると、結構曲の流れを掴むのが難しいことが判明しました。
 ということで、今日は不満足な演奏で、おまけに録音バランスが悪いのですが、いつものように、MP3で掲載します。バックはMIDI、MP3の96kpbsです。 Dscn3029
 
 ところで、「雪化粧」のMIDIデータは見つかりましたが、非常にシンプルな曲で、曲のニュアンスを出すのが難しそうです。
 実際に松山千春さんの歌っているのを聴けば何とか掴めるかもしれませんが・・と云うことで、まだ取りかかっていません。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2009年1月24日 (土)

帽子

 久しぶりに電動アシスト付き自転車で出かけてみました。朝から強い寒気が入り、厳しい冷え込みです。10時前に出発して、新京橋にさしかかったとき、強風で帽子が飛び、旭川に落ちてしまいました。見ると帽子は川岸近くを流れ、途中川に張り出している灌木の枝に引っかかって止まっています。何とか河原に下り、灌木を伝わって取り上げることが出来て一安心です。 Dscn3045
 この帽子は3年半ほど前に大きな手術をした後、リハビリのために大阪の天神橋商店街を歩いたとき、我が家の奥様と選んで買ったもので、以来、史跡巡りの時にはいつもかぶっていた、とても想い出の詰まった帽子なのです。
 今朝の冷え込みは尋常ではなく、耳が痛くなりました。途中で毛糸の帽子を購入。おかげで自転車で走っても快適になりました。
 今日は特に目的はありません。孫の美夜ちゃんが2日前に帰ってしまい、寂しい気持ちをまぎらわせるためでした。吉備の中山の周囲を南から回り、吉備津神社前の店でおでんとぜんざいを頂きました。外は途中から雪が降ってきましたが店の中は暖かく、店の老人の方々と30分ほど吉備津神社や古墳の話が出来ました。感じの良い方々で、暖かい食べ物を含め感謝です。
Cimg3626
 写真は吉備津神社と吉備津彦神社の中間付近にある「はなぐり塚」です。昔から人間の食料になってきた牛や豚を供養するもので、塚には無数の鼻環が積み上げてあります。
 この塚は古代の円墳を利用しています。塚中央に横穴式石室が北を向いて開口しており、石室の入り口には青銅製の不動明王様が座っておられます。最後は身体がなまっていたせいもあり、疲れてしまいましたが、何とか14時前に帰宅しました。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2009年1月17日 (土)

美夜受比売と一緒に

 Dscn2993
Dscn3026
Dscn3056
Dscn3071 正月3日の夜から比売と過ごす毎日です。
 おばあさんは、毎日比売と一緒なので疲れているみたいですが、おじいさんは昼間は仕事で、夜と休日にだけ比売と遊べるのです。
 自分のことは何一つせず、エレキギターDVDの録画作成も止まったままです。
 
 今日、明日は比売が帰る前の最後の休みです。朝からおばあさんと比売と3人で買い物ついでの散歩、昼前はお母さんを含めて、4人で買い物とスーパーの喫茶コーナーでの昼食でした。
 
 比売は最近、自転車の前かごに入っての散歩がお気に入りです。私たちが話していることも、ほぼ理解することが出来るようで、すぐに物まねもします。

 あとは、「じいちゃん」と呼んでくれるのを待っているのですが、どうしても「パパ・・」としか云いません。
 まあ、楽しみは後回しにして、焦らずに待つことにしましょう。

| | コメント (4) | トラックバック (1)

2009年1月 5日 (月)

美夜受比売(みやづひめ)がやってきた

 書くのが遅れましたが、3日の夕方、美夜受比売とそのお母さんが、優しいお父さんの運転する車で岡山に来てくれました。Dscn2965
 翌日、お父さんは渋滞の中、帰って行きましたが、比売とお母さんは、しばらく岡山に居てくれるようです。
  
 おかげで暮れから体調が悪かったのも吹き飛んだおじいさんは2日間、比売にべったりでした。チョコチョコと歩き回る姿が可愛いので、散歩させたり、元旦におばあさんと一緒に買ってきた、ボールハウスで楽しそうに遊ぶのを見ながら、体調のことなど忘れてしまったのでしょう。本当に私の一番の薬です。
Dscn2953  
 3日の夜、エアコンが壊れてしまい、比売が寒かったら可哀そうなので、昨日、早速駅前の電気店で新しいエアコンの契約をしてきました。工事は明日6日です。
 
 ところで、計画していたエレキギター・カラオケDVDの録画作成ですが、計画倒れに終わり、結局は「演歌シリーズVOL.1」16曲が完成しただけで、あの長い正月中に11曲を録画しただけになってしまいました。これからしばらくは比売の邪魔が入るので、出来そうもありませんが、これも嬉しいことです。Dscn2959
 
 比売は私の部屋にゴチャゴチャといろんな物があるのがお気に入りで、私が部屋に入るのを待ち構えるようにしてついてきます。物まねが得意で、最近はエレキギターをひざの上に抱いて、無茶弾きしながらトレモロアームをグリグリと動かしたりするのです。
 以上、ジジ馬鹿の日記でした。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2009年1月 1日 (木)

あけましておめでとうございます

 新年を迎え、皆様も良いお正月を過ごしておられることと思います。Cimg3612

 私どもも何とか穏やかなお正月です。朝9時過ぎ、近所の「玉井宮東照宮」で還暦と病気平癒(延命)のお払いを受け、小さな神棚をいただいて帰りました。
Cimg3622
 そのあと、我が家の奥様と「トイザらス」に行き、明後日岡山にやってくる孫の美夜ちゃんのために「熊のぷーさんポップアッププレイハウス(ボール100個つき)」を購入。現在午後1時20分、おせちなどを食べながらのんびりとすごしています。
 皆様、今年もよろしくお願い申し上げます。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008年12月31日 (水)

この一年

 今年も数時間を残すのみになりました。ひとことで言って、これまで生きてきた59年間の中でも、最もさまざまなことが起きた年だったと思います。
 正月明けの1月7日に急遽、岡山への転勤の内示が出て、13日大阪の宿舎を退出、14日岡山の宿舎に入居。15日には一旦辞令を受けるために大阪に戻り、午後には岡山に着任。Bosai1

 4日後の19日には前任者のピンチヒッターとして「岡山県防災シンポジウム2008」のパネルディスカッションでコーディネーターをつとめました。(写真はパネルディスカッションの様子で、向かって一番左が私)
 その後は吉備の国の古墳や史跡をめぐっていましたが、5月頃から体調がすぐれず、岡大病院で腫瘍の再発を告げられました。治療は不可能とのことで、現在は別の緩和ケア病院を受診しています。Dscn2793

 それでも、気力だけは維持するべく、夏には史跡めぐりのために電動アシストつき自転車を購入。我ながらあきれるほど、貪欲に吉備路を中心に古墳をめぐって来ました。(写真は千足装飾古墳墳丘上です)
 そうそう、なんと言っても私の気力の元、何よりの薬、一番の宝は1歳半になる孫の「美夜ちゃん」です。
 もうすぐ、美夜ちゃんが岡山に来てくれます。
 付き合い始めて40年になった我が家の奥様、娘夫婦、田舎の妹一家、励ましをいただいた大事な友人の皆様、この一年ありがとうございました。来年もよろしくお願いします。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年12月27日 (土)

エレキギターカラオケ

 正月休みが始まり、午後からエレキギターカラオケのDVD録画を始めました。
 「日本のフォークソングシリーズVOL.1~2」に続く、「演歌シリーズVOL.1」の残り13曲なのですが、これまでに録画済みの4曲に続き、心の赴くまま「思い出酒」、「津軽海峡冬景色」、「昭和ブルース」、「港町ブルース」、「風雪流れ旅」、「函館の人」とほぼ順調に進みましたが、「望郷酒場」で躓きました。何度もやり直し、何とか仕上げたと思ったら、ファイルが再生できません。結局この曲は仕切りなおしということで、今日は挫折してしまいました。なかなか難曲です。別に、この曲を入れなくても候補曲は無数にあるのですが・・・
Sc
     「望郷酒場」のスコアの一部
 この調子なら、全集の完成までの道のりは遠いです。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2008年12月20日 (土)

操山とマフラーと妹夫婦からの贈り物

 今日は晴天の予想です。近くの操山古墳群を訪れてみました。なにやら気温が高そうなので、少し厚手のセーターにマフラーだけの格好で出かけました。
 マフラーは先日、我が家の奥様の友達の「ひょうげん舎まるち」さんからペアの物をいただいたのです。黒とグレーのペアのもので、とても暖かいマフラーです。似合うでしょうか。
Dscn2896
    (旗振台古墳の竪穴石室跡で)
 09:3に出発し約3時間ほど、古墳を巡って山道をのんびりと歩き、帰りは「曹源寺」登山口に下山し、そこからバスで帰ってきました。
Dscn2908
     (八畳岩古墳の石室前で)
Dscn2926_2

本当に抜けるような晴天で、多くの中高年のハイカーと出会いましたが、皆さん古墳には眼もくれず、私にしてみれば「もったいないなあ」の感想です。古墳が好きな人などは、余りいないのが判ります。(写真は金蔵山古墳竪穴石室内部ですが、そのままにしておくと陥没して壊れてしまいそうです)
Dscn2929
    私の足元が金蔵山古墳竪穴石室開口部

Dscn2891
 帰ってみると、田舎の妹夫婦から宅配便が届いていました。甘い金時豆のおこわ、たくさんの干物、自分の家でつるした干し柿、きれいなちりめんジャコ、田舎のジャコ天、正月のもち、干し芋など、たくさんの美味しい食べ物が入っており、大喜びです。余りにもたくさんなので、隣にもおすそ分けしました。本当にありがたいことです。
昼の弁当は食べていたのですが、早速、おこわとちりめんジャコを少しいただきました。

| | コメント (7) | トラックバック (0)

2008年12月14日 (日)

吉備の元伊勢

例によって目的もなく電動アシスト自転車で出かけました。
旭川西岸の河口付近をブラブラしていると「内宮(ないくう)」と書かれた神社が目に入りました。「内宮といえば伊勢神宮のことだが」と思いながら神域内に入ってみると「名方浜宮(なかたのはまのみや)」となっており、「アレ!」と気づいたのは、全くの偶然ですが、昨夜読んだ「古代日本女王国の謎(楠戸義昭著)」の中にあった神社名だったからです。Cimg3599今、三重県にある「伊勢神宮」は、そこに創られるまでに、各地を転々としたのです。「天照皇大神」の祭祀は、はじめ「崇神(すじん)天皇」の御代に天皇の娘「豊鋤入姫(とよすきいりひめ)命」により「大和の笠縫邑(かさぬいむら;現在の山辺の道沿いにある桧原(ひばら)神社が有力)」に移され、その後「垂仁天皇」の娘である「倭姫(やまとひめ)命」によって、よりふさわしい地が探されました。その一つが「吉備の国名方浜宮」だったのです。「大神の教えに従い、国々処々に大宮処を求め給えリ・・・・・吉備の名方浜宮で四年斎き奉る」と「倭姫命世紀」にあります。神社拝殿は真新しく、今年建て替えになったばかりのようです。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年12月12日 (金)

優しかった伯母の死

昨夜、田舎の妹から電話があり、奈良県に住んでいた伯母が亡くなったとのこと。Dscn2775
病気のため結婚が遅かった伯母は、私が小学生の頃、おばあさんの家で一緒に寝起きしていました。少し気が強いところがあった人ですが、私には本当に優しく、いろいろな想い出があります。最後に逢ったのは、2年近く前の伯父の葬儀のときで、そのとき私の手を握って、「立派になったね」と何度も言ってくれました。
 (写真は、造山古墳後円部から前方部を望む;撮影日2008.12.8)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年12月 8日 (月)

吉備路へ

 吉備路へ行ってきました。本当は大和路めぐりをするために休みをいただいていたのですが、強い冷え込みのために断念し、予定を変更したのです。08:20出発で「吉備津彦神社」-「吉備津神社」-「造山古墳と陪冢(ばいちょう;主古墳に付属する小古墳)群」-「備中国分尼寺跡」-「吉備路郷土館」-「こうもり塚古墳」-「備中国分寺」ー「江崎古墳」-「作山古墳」のコースを電動アシスト自転車で巡りました。Dscn2768Dscn2827
 2日前からの強い冷え込みが少し緩んだとはいえ、今日も結構冷え込んでいます。防寒準備をして出かけましたが、それでも足先が冷えます。
 いつも、写真を撮るといえば史跡ばかりですが、今日はほとんどのところで記念写真を撮るように心がけました。
(写真は造山古墳後円部、こうもり塚古墳石室内です)
 また、今日は造山古墳をはじめ、その陪冢である「千足古墳」などの上にも上って見ました。
 昼ころ「国分寺」に到着し、そこで弁当を食べましたが、このころから雲が多くなり、再び冷え込んできました。
 いつもはサイクリングやハイキングをする人たちで賑わう吉備路ですが、今日は平日で、おまけに冷え込んだとあって、どこも貸し切り状態です。
Dscn2844
      備中国分寺五重塔をバックに
 帰りは最後に自転車のバッテリー切れ警告が出ましたが、何とか7時間の行程を無事に走りきって15:20帰宅。お尻が痛くなるのには自転車を降りて、しばらく押して歩けばよいことに気がつきました。
Dscn2837
写真は「こうもり塚古墳」前にいた猫ですが、よく人に馴れています。
 

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008年12月 6日 (土)

今日の料理

 今日は大和路めぐりをあきらめ、近所のスーパーの新装開店セールで鯛一匹、マグロ4パック(冷凍保存しました)、生きたセイコガニ(ズワイガニのメス)4杯などを購入しました。Dscn2723Dscn2722

料理が趣味である私は、さっそくお昼に鯛の刺身(片身)、皮と腹身の塩焼き、セイコガニの味噌汁を作りました。ついでにもち米も買ってきて、高知県の田舎の「金時豆の甘いおこわ」に」挑戦。おこわは少し金時豆がやわらかすぎましたが、なんとか田舎の味に近いものが出来上がりました。鯛の刺身は、よく身がしまり、セイコガニの味噌汁も美味でした。ちょうど永源寺のTさんが送ってくれた、「永源寺にごり赤ワイン」があったので、少しいただきました。これも美味です。
 夜は、鯛の刺身の残り半分、鯛のあらのお吸い物、おこわを食べる予定です。本当は、あまり食べてはいけないのですが・・・・

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008年12月 5日 (金)

59歳の誕生日と美夜受比売(みやづひめ)

Pb200042 59歳になりました。明日の土曜日、大和めぐりに行こうかなと思っていました。しかし、強い寒気が入る予想で、私の体力なら風邪などを引けば大変になります。今の時点では止めておこうと思っていますが月曜日も年休を取っているので、日曜日あたりにひょっとしたら出かけるかもしれません。
 写真は久しぶりに美夜受比売です。フードつきのピンクのマントがとても似合っています。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年11月22日 (土)

のんびりと

 録画作成中のエレキギターDVDの「日本のフォーク編」から因幡晃の「わかって下さい」を1曲だけ公開します。
 バックはMIDIデータ、演奏は、「へたくそたこさん」です。なお、映像は当然ながら非公開です。pig 96kbpsなので音質は良くありません。

3連休の初日。本当に良い天気です。今日は特に目的も無く備前一宮周辺まで自転車で出かけました。08:15出発。気温は引き続き低いのですが、風が無いため特に厳しい冷え込みと言うほどではありません。池田動物園の北側付近から「吉備路自転車ロード」に入ります。Dscn2694

 細い川沿いを一宮に向かう途中、川を泳ぐビーバーのような動物を見つけましたが、撮影しようとカメラを取り出す間に姿が見えなくなってしまいました。多分ヌートリアなのでしょう。戦時中毛皮をとるために南米からつれてきたのが、戦後野生化したもので、昔、高知県の田舎でも飼っていたとお婆さんに聞いたことがあります。実際に見たのは初めてです。
Dscn2690

 一宮の「吉備津彦神社」を左手に見ながら、北に向かいます。今日は吉備路にはよらずに少し外れたところの小古墳を訪ねることにしたのです。しばらく行くと「宗形神社」がありますが、この神社の森は古墳なのです。東の池側からみると結構バランスが良く見えます。カメラを構えた場所の丘も古墳なのですが、こちらは現代の墓場と果樹園になっています。Dscn2700

 そこからさらに北に入り、いくつかの小古墳群を見に行きましたが、表示板なども無く林に踏み込む体力も無いので、やめておきました。Dscn2702

 その後は、のんびりと元来た道を戻り、川沿いで弁当を食べていると、往路で見かけたヌートリアが現れました。なかなかサービスの良いやつです。結構愛嬌もありました。
 12:30帰宅。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2008年11月16日 (日)

二日間に

 この土曜、日曜日、結構忙しく過ごしています。
 昨日は、エレキギター演奏DVDの作成を開始。手始めに「日本のフォーク編VOL.1」の17曲を作成しました。ミスタッチもかなりありますが、音声だけと違い、部分修正が難しいので、ほとんど一発録画です。まあ、何とか形になっているようなので、これからポップス、J-ポップス、GS,なつかしの60’J-ポップス、JAZZ,ベンチャーズ、演歌などのシリーズDVD10枚以上を録画する計画です。Cimg3597
 我が家の奥様は昨日、熱帯魚の水槽を新しくしました。6年前に広島で購入したものだったので、これまでよくもったものです。ただし、広島から飼い続けていた大和沼えびの最後の1匹が昇天し、今はコリドラスが10匹だけになってしまいました。そのうちの8匹は我が家で生まれたものです。
Cimg3581
 今日は、気分転換のため自転車で出かけ、環太平洋大学近くにある「矢津古墳群」のうちの2つの古墳を見てきました。いずれも国道81号線沿いに石室が開口しており、保存状態も良いようです。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2008年11月11日 (火)

思いがいっぱい

 今日は午前中休みを取って、岡山大学病院に行って来ました。と言っても診察のためではありません。
 先週、大学病院から紹介されて訪れた緩和ケア病院で、今後は外来診療を受けること等を担当医のH先生に報告するためでした。 これで大学病院との関係は、一応終了となります。
Dscn1950

 このところ急に寒くなり、少し体にこたえるようになりましたが、気力だけは萎えることが無いように、仕事場でもがんばって、一人だけの部屋であっても、机に座るようにしています。
 先月末に花見の会の皆さんと明日香めぐりをしましたが、近いうちにもう一度、一人で大和路を歩きたい思いが強くなってきました。退職後のライフワークにしようと思っていた「古代天皇の宮跡と陵墓」をHPで纏めたい。体が動くうちに高知県の田舎にも帰って妹たちとも逢いたいし、名古屋の美夜ちゃんにも逢いに行きたいし、ギター演奏のDVDも録音しておきたいし、本当にやりたいことがたくさんあります。
Dscn1926
 昨日は、美夜ちゃんのお父さんが送ってくれた、最新の美夜ちゃんDVDを2回も見てしまいました。可愛いなあ。
 美夜ちゃんのDVDは、何故かパソコンでは認識してくれません。仕方が無いので9月の美夜ちゃんを載せました。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2008年11月 1日 (土)

E-Mobile導入

今日は、天気もよく旭川の両岸を自転車で走り、児島半島にも渡ってきました。D02hw_photo1
ところで、昨日E-Mobileに加入。同時に、今流行のネットPC(東芝にしました)を購入したので、どこでもインターネットができます。何を目的にしているかは、今は言わないでおきましょう。
スカイプなどにも十分なスピードを持っているようです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月21日 (火)

明日香へ(10.18〜10.20)

 明日香へ行ってきました。5月に会議の後Oさんに車で連れて行ってもらって以来ですから、本当に久しぶりです。
Dscn2391
  祝戸荘から見た棚田の景色
 「花見の会」のメンバー、香芝市のOさん、奈良市のFさん、大阪市のMさん、高松市のAさん、幹事兼運転責任者の滋賀県永源寺のTさんと岡山市の私の6人です。

10月18日
 私は7:15に家を出て新幹線で大阪へ。鶴橋から近鉄大阪線の電車に乗り、約束の11時にまだ1時間もある10:05に三輪山が見える奈良県桜井に到着しました。近いものです。11時までには全員集合。本当に懐かしいメンバーが集まりました。行動はTさん運転のミニバンです。

 今回は特段に計画が出来ているわけではなく、この会恒例の「もめ放題、言った者勝ち」が基本です。まず、桜井から明日香に向かう途中にある「安倍文殊院」に立ち寄ることにしました。
Dscn2318
 文殊院の構内には横穴式古墳石室が2つあります。Dscn2309
 特に入り口付近にある石室は石組みが精緻で、私が知るうちでも、これに匹敵するのは飛鳥駅近くの「岩屋山古墳石室」くらいだろうと思います。
 文殊院は「安倍清明」縁です。小高いところにある「清明堂」を見学。この文殊院は「合格の門」など受験生に霊験あらたかと言うことですが、Aさんが文殊院に関する笑えない話をしてくれたのですが、内容は伏せておきます。

 「明日香資料館」近くで昼食。明日香は食事をするところが少ないのです。
 「甘樫丘」東麓の「飛鳥発掘展示資料館」を見学。Dscn2328Dscn2329

 結構皆さん熱心に見学していました。展示館裏には「石神遺跡」があります。ここには今、何もありませんが、ここから発掘された「石人像」と「須弥山石」は「飛鳥資料館」に展示されています。また、つい最近万葉集以前の和歌が書かれた、木簡が見つかって話題になりました。
Dscn2334
      水落遺跡
 「水落遺跡」もすぐ近くにありますが、私のほかには「見たことがなかった」とのこと。ここは「天智天皇」の時代に水時計の施設があったと推定されています。
Dscn2341
    飛鳥坐神社
 そこからすぐ近くの「飛鳥坐(あすかにいます)神社」、「飛鳥寺(安吾院)」をがやがやと見学し、車に戻りました。
Dscn2347
   飛鳥寺裏の蘇我入鹿首塚と甘樫丘
 目的地についての計画はないので、私以外には訪れたことのないという「キトラ古墳」を見学。ここはキトラ古墳壁画の空調設備の建物があるだけで、皆さん拍子抜けの様子でした。
Dscn2350
Dscn2371
  
 「高松塚」は皆さん何度も訪れたことがあり、今は石室も解体移設されているので、省略。Dscn2356
後で行く酒蔵の近くの駐車場に車を止め、徒歩で「亀石」前へ。ここでお茶休憩し、「橘寺」へ。寺では一応「二面石」や天井画をまじめに見学しました。

 さて、橘酒蔵で利き酒です。わいわいと利き酒を楽しみ(いろいろありましたが支障が出るので内容は省略します)、今夜の宿で楽しむお酒を買いました。
何度も言うようですが、計画は特にありません。明日香の景色を楽しむのも目的の一つですが、本当の目的は久しぶりに気が合う(意見は合いません)仲間同士の懇談(楽しいいさかい)なのです。
 そのあとは、私の要望で今夜の宿の「祝戸地区」(明日香の史跡ゾーンは高松塚・甘樫・石舞台・祝戸の各地区に分かれているのです)から南の山中を少しドライヴ。「栢森(かやのもり)」から道を引き返し。17時宿に到着。ここは歴史研修施設で、宿泊も出来るのです。その夜は20畳の大広間で深夜0時まで談笑。なかなか話も尽きませんでしたが、翌日に備えて就寝。

10月19日
 翌日は、皆さんお年寄りなので6時過ぎには目覚め。9時頃宿を出ました。Oさんリクエストの近鉄「岡寺駅」前にある「見瀬(みせ)丸山古墳」の墳丘に上ります。この全国で5番目に大きな前方後円墳は、最近「欽明天皇」陵との説が有力ですが、この近くの「猿石」横の古墳が指定されているため、宮内庁の管理からはずされ、墳丘上に登ることが出来るのです。
Dscn2405
    岩舟とTさん
 その後は、そこから近くの「益田の岩舟」を目指します。Dscn2412Dscn2416

 ここも私以外に訪れたことがないそうで、結構急な山道を10分ほど登って到達。
 年の割には元気なTさんが石の上に上って穴の写真を写してくれました。
 本当に不思議な石で、皆さん話の種にはなったことでしょう。
 岩舟に登るなとの標識があったことは黙っておきましょう。
  
Dscn2418
   広大な藤原京跡(正面の山は耳成山)
 その後は、「藤原京跡」です。2年ほど前までこの辺りに済んでいた、Aさんが案内をしてくれました。大和三山(畝傍・香具山・耳成)に囲まれた広大な宮跡のコスモスが盛りです。
Dscn2433
   女人高野室生寺
 今日の最後は桜井から東の伊勢街道から南に入ったところにある「室生寺」です。
Dscn2449
 お寺前で昼食をとった後、華麗な五重塔を仰ぎ見、Oさんを除く5人は奥の院に続く急な石段を登りました。何とかたどり着きましたが、やはり皆さん歳を感じたようです。
Dscn2474

 「榛原」駅近くでお茶を飲みながら休憩を取り、翌日の休みが取れないOさんMさんとはここで別れました。
 夜は滋賀県の「永源寺」と云う有名なお寺近くに住むTさんの家にAさんFさん私の3人は宿泊です。家近くに古民家を利用した和洋折衷コース料理を出してくれる店があり、Tさんが予約してくれていました。ここは一晩に一組のみの予約しか受けていないそうです。珍しいおいしい料理と地酒を楽しませていただきましたが、結局ここはTさんの接待に甘えてしまいました。

10月20日
Dscn2491
 彦根に向かう道路際に美しいコスモスの畑がありました
 2日間の疲れか、朝は7時頃まで寝てしまいました。Tさんの家は谷あいにあり、散歩してみると綺麗な場所です。家の脇には用水が流れ、綺麗な水が利用できます。退職後は家の周りの畑などの管理が待っているTさん。結構大変そうですが、がんばってください。Tさんのお母さん手作りの朝ごはんをタップリと食べ、すぐ上流にある大きなダムとTさんが所有している山林の中にログハウスを造ろうと遠大な計画をしている場所を見学した後、車で1時間ほどにある彦根に向かいました。
Dscn2516
    国宝彦根城天守閣
 やはり、車での3日目になると体調が崩れてきました。腹痛に苦しみましたが、せっかくはじめて見る天下の名城「彦根城」です。城内の施設と天守閣などを時間をかけてTさんに案内していただきました。 Dscn2539
   天守閣下でひこにゃんが
有名なユルキャラ「ひこにゃん」の登場もあり、話の種を結構仕入れることが出来ました。Dscn2538

 15:30頃TさんにJR彦根駅に送ってもらい、3人は15:54の新快速電車で16:42京都へ到着。ここで大和八木と奈良市内に向かうAさんFさんと別れ、新幹線で岡山へ18時頃帰ってきました。家ではもう何もする元気も残っておらず、そのまま寝てしまいましたが、本当に楽しい3日間になりました。

 久しぶりの大和路、はじめての彦根城。今回も花見の会のメンバーと楽しい思い出を共有できたことが私の財産になりました。皆さんは口には出しませんでしたが、体調が思わしくない私を励まそうと気遣って企画された今回の花見の会のようです。3日間にわたり、皆さんに心配をかけ、申し訳ないと思っています。
 特に宿泊計画から車の提供と運転、案内をしていただいたTさん、ありがとう。これは口の悪いMさんも心の中で感謝していることでしょう。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年10月11日 (土)

備中高松城趾・最上稲荷と大崎古墳群

 備中高松方面に行って来ました。少し体調は悪いのですが、3連休なので、あと2日を休養すれば何とかなるだろうとの考えです。08:20電動アシスト付き自転車で出発。後楽園横から岡山駅東側に出て西に進みます。この吉備津方面に行く道は、初めて通ります。いつものまっすぐ西に進む道より多少遠回りのようですが、気分を変えてみました。約1時間でJR吉備津駅付近に到達。
Dscn2159

 吉備津地区の村祭りの日らしく、子供の獅子舞が出ていました。カメラを向けるとしっかりとポーズを決めてくれます。通りがかったお年寄りの男性に聞くと、「吉備津神社の祭礼は23日からで、今日・明日はこの地区の秋祭り」とのことでした。
Dscn2187

 その後はJR吉備線の線路沿いに進み、「備中高松城水攻め築堤址」を見学。ここは秀吉が高松城攻略の水攻めをするために築いた堤の址が残っており、その一部が綺麗な公園になっているのです。そこから西に「最上稲荷(さいじょういなり)」の大鳥居が見えます。
  
 最上稲荷への道の西側に「高松城趾」があり、これを見学。Dscn2200
 確かに山に囲まれた水田地帯の真ん中に城跡があったとしても、水攻めの堤を築くのは並大抵のことでは無かったでしょう。城趾には「清水宗治首塚(写真)」などがあります。
Dscn2206
     佐古田堂山古墳
 大鳥居を越え1.5kmほど行くと「佐古田堂山古墳」が右手に見えてきます。全長150m高さ9mの前方後円墳で「造山古墳」と同時期の築造と見られる大きな古墳でしたが、周囲に幾つかの池があり、これが周濠の跡かも知れません。ここは水攻めの時秀吉方の「仙石権兵衛」が陣を張ったところと言うことですが、仙石権兵衛は高知県人の私として、好きになれない名前です。九州の島津攻めの時、権兵衛が長曽我部(ちょうそかべ;土佐領主)の意見を聞き入れず暴走して窮地に陥った時、長曽我部の嫡男「信親」が救援に向かい、豊後の戸次川で命を落とすのです。権兵衛はそのおかげで助かりました。
Dscn2216
      小盛山古墳
 更に北に1.5kmほど行くと「小盛山古墳」が右手に見えます。この古墳は前日職場に仕事ついでの挨拶にM氏がやって来て、私が「Mさんは最上稲荷近くに住んでおられるそうですが、私は明日その辺りの古墳巡りに行くのです」と言うと、「私の住んでいる近くに・・・がありりますよ」と資料まで提供してくれたので、コースに入れた古墳です。4〜5世紀に作られたと見られる3段築成の造り出しのある円墳で、この形式の古墳としては全国でも屈指の大きさとのこと。未発掘で、M氏によると「周濠の跡と見られる周囲の池を発掘してはどうか」と申し入れても、地区の許可が得られないとのことでした。
Dscn2222

 次は道路を挟んで反対側の山の中腹に見える「最上稲荷(さいじょういなり)」です。
神社縁起によると「 最上稲荷の歴史は、天平勝宝4年(752)に報恩大師が八畳岩でご本尊の最上位経王大菩薩を感得されたことに始まります。Dscn2304
 爾来、「龍王山神宮寺」として繁栄を極めたものの、中世の戦乱時、羽柴秀吉(豊臣秀吉)の備中高松城水攻めの際、戦火によって堂宇焼失の憂き目にあいました。
 ただし、ご本尊の最上さまだけは八畳岩の下の元宮と呼ばれる場所に安置され難を免れたのです。  新たに領主となった花房公が関東より日円聖人を招かれ、最上さまの霊跡を復興されたのが慶長6年(1601)のことです。寺名も「稲荷山妙教寺」と改めて、今日の興隆の礎が築かれました。
 以来「不思議なご利益をお授け下さる最上さま」として多くの人々の信仰を集めます。 伏見・豊川と並ぶ日本三大稲荷・最上稲荷は1200余年の歴史を通じて仏教の流れを汲んで発展を遂げてきた稲荷です。」とのこと。
 ただし日本三大稲荷と称する稲荷は全国に12ほどあり、この稲荷もその内の一つではあります。確かに、同じく日本三大稲荷と称する東大阪の「瓢箪山稲荷」などと比べると巨大ですが・・・・

 最上稲荷から南に戻り少し西に行ったあと、北の谷沿いを進み大崎地区の「大崎廃寺跡」を見学。Dscn2244
ここは丸い基壇に木が生えているだけの遺跡です。飛鳥様式の瓦が出土したということで、7世紀に建てられたことは間違いないでしょう。
 
 次は今日のメインの「大崎古墳群」です。廃寺跡から更に北に進み。Dscn2248
「本当にこの道でいいのだろうか?」と思うような山道が尽きるところに小さな2つの池があり、その池の北側が「遍路道」「行者道」に分かれています。このそれぞれの道沿いや林の中に横穴式の石室が40基以上有るそうです。
Dscn2270

 私は行者道を選び10数基の石室を確認しましたが、石組みは結構立派な物が多く、中には両側が開口している石室も見られます。石室内には石仏が祀ってあり、古墳石室を利用した信仰の霊場になっているようです。Dscn2281

 このような群集墳は大阪の河内地区で幾つか見ましたが、ここの群集墳もなかなか立派です。
 さらに山道の奥に踏み込もうとすると巨大なスズメバチが群れており、あわてて道を引き返しました。そのおかげで少し林の中で迷ってしまいました。おまけに林のそこら中をイノシシが鼻でミミズを掘った跡があり、正直泣きそうになりました。(なさけない)Vlcsnap6494460

 今日も相当な距離があり、体調不良も加わって、やっとの思いで帰ってきました。14時前帰宅。
 この記事の詳細は後日「古代への道」でレポートします。
  
 さて、2日前の美夜ちゃんのSkype画面です。美夜ちゃんは少し前から、一人で歩けるようになったのでした。(まだ数歩ですが)

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008年10月 4日 (土)

倉敷美観地区と吉備路の大古墳

この所、体調の不良が長く続き、夜寝られない日々が続いていたが、幸い昨夜はぐっすりと眠れ、目覚めても久しぶりに体調がよいようだ。
Dscn1993

 昨日、我が家の奥様が隣の奥様と二人で二回目の「倉敷美観地区」を訪れて、「楽しかった」と言うのを聞き「よーし俺も行ってみようと」と考えついて、朝8:15出発。
 倉敷美観地区までは約21kmの距離がある。電動自転車で家からまっすぐに西に進み、ほぼ予定通り09:35美観地区に到着。
Dscn2003

 まだ朝早いためかメインの通りも混雑するほどではなく、ゆっくりと白壁の家が続く道筋や、地区の真ん中を流れる川の風情を楽しんだ。Dscn2021
 私にとっては、あまり興味が湧く対象ではないのだが、それでも、何かすがすがしい町並みの様子である。
 自転車なので、路地の隅々まで廻ることができ、1時間ほど写真を撮って、ほぼ目的を達した。まだ11時である。
 このまま、家に帰るには何かもったいない感じがする。「ここからまっすぐ北へ進めば作山古墳や備中国分寺のある吉備路だなー」などと考えている内に、自然に自転車はそちらの方角に進んでいく。 
 JR倉敷駅の北側に出て「倉敷チボリ公園」を横目で見ながら更に北に進む。そういえばチボリ公園も財政難で今年限りの閉園が決まって、毎日、新聞などでその跡地利用のあり方などが話題にのぼったりしている。
Dscn2057
    (作山古墳)
 しばらくすると、緩い上りの山道である。水分という峠を越えると北に「備中国分寺」の五重の塔が遠くに見えた。Dscn2060
Dscn2092

 「角力取山古墳」を見て「作山古墳」に到着。倉敷駅からここまではほぼ11kmである。その後は備中国分寺、「こうもり塚古墳;古墳前で記念写真」、「備中国分尼寺跡」を見て昼食をとった。前回入ったラーメン屋である。このようなところにあるにしては美味しい店である。
 このあたりからお尻が痛くなり、体力も消耗してヘロヘロ状態になってしまった。「この調子で家まで帰り着くだろうか」などと心配しつつ、何とか「造山古墳」に到達。
Dscn2120
  (造山古墳)
 この古墳も今年二回目の訪問なのだが、やはり山のように大きい。有名な装飾古墳である「千足(せんぞく)装飾古墳」など6基の陪冢(ばいちょう;主墳に付属する小古墳)を周囲に従えた全国で4番目に大きい古墳なのである。
 先月初めに訪れた「鯉喰神社(こいくいじんじゃ)」横を通り「吉備津神社」へ。
Dscn2129

 この神社の国宝本殿の改修が終わり、今日が修理竣巧(工)の日である。Dscn2134
明日にはお祝いの餅まき行事があるそうだ。
 最後に「吉備津彦神社」を訪れ、少し休憩したあと、帰途についたが、今日も総距離が60kmを越えていると思われ、先月中旬の「備前の古墳巡り」の教訓は生かされなかった。どうしても、あれもこれもと欲が出てしまって、我ながら恥ずかしい次第である。14:30帰宅。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年9月28日 (日)

美夜受比売(みやづひめ)名古屋へ帰る

12日の夜から、私を大いに喜ばせ、慰めてくれた美夜ちゃんが11時過ぎの新幹線で名古屋に帰っていきました。今頃は、久しぶりに逢ったお父さんに甘えていることでしょう。
Dscn1925
ありがとう美夜受比売。また遊びに来てください。次に逢う頃にはチョコチョコと歩き回っていることでしょう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年9月23日 (火)

神宮寺山古墳

 秋分の日、岡山市の中心街近くにある「神宮寺山古墳」を見に行ってきました。9時前自転車で出発。旭川の堤防沿いに岡山城下から後楽園側を通り法界院というJRの駅に近い住宅地にその古墳はありました。Dscn1856
大きな前方後円墳なのですが、人家や小学校が周囲に迫り、窒息しそうです。後円部には神社があり、神社の建物に押しつぶされるように、石室の天井石が露出しています。Dscn1817
Dscn1826_2
おまけに前方部は現代のお墓になっている始末。それでも後円部の丸さや段丘の形はなんとか明瞭でした。古墳前の川は以前、蛍の群生で有名であったとのことですが、今は、その面影はありませんでした。写真を撮ろうとしても小学校(進入禁止です)のボールよけネットが邪魔をしてしまいます。
 
 と言うことで、いい写真は撮れませんでしたから、どさくさに紛れて、美夜ちゃんの写真を入れておきます。
 そのあと、岡山市の北に広がる山道を北に走り「金山(かなやま)寺」近くまで行きましたが、少し暑く、紅葉の季節が良さそうな地勢と思われたので、秋も深まってから出直してくることにしました。

 Dscn1870
 旭川の河川敷で30分ほど何も考えずに座って景色を眺め、12時少し過ぎに帰ってきました。川には「鬼バス」が沢山育っています。美夜ちゃんくらいなら乗れるかも?
Dscn1872 
 帰ったら、写真のように美夜ちゃんが喜んで私に抱きついてきてくれました。名古屋のお父さんも毎日仕事から帰ると、美夜ちゃんがトコトコと玄関まで来てくれるそうで、それがとても嬉しいと言っていましたが、もうすぐ美夜ちゃんが帰ってきますよ。

 

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008年9月20日 (土)

おじいさんのメガネ

 今日は、美夜ちゃんとお母さん・おばあさん・おじいさんの4人で岡山駅前のデパートに行き、おじいさんは新しいメガネを注文しました。Dscn1700
今までのメガネが壊れてしまったためです。近視と遠視のメガネは他に持っているのですが、やはり遠近(+乱視)両用のものが便利です。あと1週間ほどかかりますが、丁度そのころ美夜ちゃんは名古屋に帰るのでしょう。
 さて、HP(古代への道)の原稿「桃太郎と吉備津彦」を書きましたが、おしいさんがパソコンをさわっていると美夜ちゃんが横に来て悪戯をするので、しばらくアップできそうにありません。もう一つの原稿「備前の古墳巡り」は手つかずです。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年9月16日 (火)

備前の古墳巡り

 夏期休暇で孫の美夜ちゃんの相手をしていましたが、Dscn1717
体力維持のため自転車で古墳巡りに出かけることにしました。朝8時、今日は距離が長いので体調に不安を抱えての出発です。
 百間川を渡って東に進み、西大寺の市街を抜け吉井川の西岸を北に進みます。この6月の初め訪れた百枝月(ももえづき)の「宮山西塚古墳」を見学。ここまで75分です。Dscn1736
 今年初めて彼岸花を見ることが出来ましたが、この一株だけしか見あたりませんでした。Dscn1745
 吉井川を更に北上し長船(おさふね)町へ。長船地区は刀剣の里で有名です。「天王社・刀剣の森」を見学したあと、今日の目的地の一つである「備前長船刀剣博物館」へ・・・・・「アレ・・・何か静かな・・・」見ると、無情にも「休館日」の表示が・・・。Dscn1753
通常は月曜日が休館日なのですが、月曜日が祝日の時は翌日が休館日になるそうです。
 少しガッカリです。ここまで2時間も自転車を漕いだのに。Dscn1749
 仕方がありません。次の目的地は、そこから10分ほど東の「備前丸山古墳」です。標高61mの鶴山を利用した4世紀後半の円墳で、東西45m、南北54m。古代吉備の国東部に勢力を張っていた「上道臣(かみつみちのおみ)」の有力者の墓といわれています。Dscn1756
 特殊な彫刻文様を配した家形石棺、鏡、刀剣、大型の管玉・勾玉などの副葬品が発見されています。
 丸山古墳から南2.5kmほどに「華光寺山(花光寺山)古墳」があります。Dscn1770
古墳時代前期に作られたと思われる全長100mの前方後円墳です。周囲から見ると単なる林に見えますが、踏み込んでみると3段築成と考えられる段丘が比較的明瞭に残っています。後円部には円筒埴輪が3重に巡っていたそうです。Dscn1777
 その後、吉井川沿いにひたすら南下。再び西大寺町に入って「西大寺観音院」を見学しました。
 Dscn1809 今から約1200年昔、天平勝宝3年(751)周防の国(山口県)玖珂庄に住む藤原皆足(ふじわらのみなたる)姫が観音菩薩の妙縁を感じて金岡の郷に草案を開基し、千手観音を安置したのが創まりです。「会陽(えよう)」即ち裸祭りは、天下の奇祭として広く知られていますが、その歴史は遠く奈良時代に始まるそうです。
 
 14時前帰宅。今日は約65kmの行程でした。電動自転車の電池は、まだ十分に余裕があるようでしたが、少し距離がありすぎました。何事も「過ぎたるは・・・」です。
 帰ってくると美夜ちゃんの笑顔がありました。本当に可愛い笑顔です。一緒にお風呂に入ったら疲れも吹っ飛んで行きました。
 さて、今夜は職場の送別会があるので出かけなければなりません。
 そう云えば、今日9月16日は3年前、突然体調を崩し入院した記念日です。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008年9月13日 (土)

美夜受比売(みやづひめ)がやってきた

 昨晩、名古屋の可愛い美夜ちゃんが岡山にやってきました。Dscn1687_2

 美夜ちゃんのお父さんの運転で22時前に着いたのですが、渋滞に巻き込まれ6時間ほどかかったそうです。

 今回は泣きはしませんでしたが、やはりお爺さん・お婆さんの顔を忘れていた美夜ちゃん。お爺さんの顔をチラッと見て目を逸らします。それでも1時間ほどでなれてきました。Vlcsnap15653250_2

 
 1ヶ月ぶりに見る美夜ちゃんは、やはり赤ちゃんから幼児の顔になっています。数日前からタッチも10秒ほど出来るようになりました。
 
 これからお母さんと二人、しばらく岡山にいてくれるそうです。
 
 お爺さんは、それに合わせて夏期休暇を取ったので、連休と併せて、タップリ美夜ちゃんと過ごします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年9月 6日 (土)

桃太郎と吉備津彦

 自転車で吉備路を訪れました。今日のテーマは「桃太郎と吉備津彦(きびつひこ)」です。
8時出発。30分で「笹ヶ瀬川」に到着。以前、ママチャリで訪れたときは1時間ほどかかったので、さすがは電動自転車の威力です。この笹ヶ瀬川は桃太郎の入った桃がドンブラコ・・と流れてきたことになっています。Dscn1567

 さて、桃太郎は「吉備津彦命(きびつひこのみこと)」がモデルと言われています。吉備津彦は第7代「孝霊天皇」の子で、第10代「崇神天皇」の御代に四道将軍の一人として吉備方面の制圧に派遣されたことになっています。このため孝霊天皇の宮が営まれた奈良県「田原本町黒田」が「桃太郎伝説発祥の地」と言うことになっているのですが、偶然、私はこの一月に岡山に赴任する直前そこを訪れました。Cimg1457
(写真はそのときの物です)
 次は「吉備津彦神社」に参拝。吉備の国は大化改新後「備前」「備中」「備後」「美作」に分かれました。吉備の一宮といえば「吉備津神社(現在の備中一宮)」なのですが、いまは備前、備中、備後それぞれに吉備津彦を祀ってあり、吉備津彦神社は「備前一宮」となっているのです。Dscn1571

 ここで「岡山県産業労働部観光物産課」のHPから吉備津彦(桃太郎)の伝説について参照します。
桃から生まれた桃太郎が鬼を退治する物語。誰もが知っている昔話のもとになったといわれる伝説が総社市を中心とした吉備路一帯で今も語り継がれています。その名も温羅(うら)伝説。「その昔、異国からやってきた温羅という名の王子が吉備国で悪事をはたらき、人々に恐れられていた。そこで温羅を退治するよう大和朝廷から送り込まれたのが武勇に優れた吉備津彦命。吉備路を舞台に双方が熱い戦いを繰り広げる」というストーリー。つまり温羅が鬼、吉備津彦命が桃太郎です。・・・・さて伝説では鬼ノ城から岩を投げる温羅に対抗し、吉備津彦命は現在の吉備津神社がある場所から矢を放ちます。その際、境内にある矢置岩に矢を置いたと伝えられています。 吉備津彦命を祀るこの神社、実はクライマックスの舞台なのです。合戦に負け、退治された温羅の首はこの境内に埋められました。場所は本殿から長い回廊を渡ったところにある御釜殿(おかまでん)に据えられた大釜の下。葬られた後も13年間、首は唸り続けていたといいます。・・・・・Dscn1599
温羅と吉備津彦命がそれぞれ陣取った鬼ノ城と吉備津神社。このほかにも吉備路には伝説ゆかりの場所が多数あります。例えば鬼ノ城と吉備津神社のちょうど中間に位置する矢喰宮(やぐいのみや)。双方の力が互角だったため、温羅が投げた岩と吉備津彦命の矢がぶつかって落ちた場所といわれています。結局、吉備津彦命が一度に2本の矢を放ったのが勝利の決め手となるのですが、その際、射抜かれた温羅の左目から流れた血で真っ赤に染まったといわれているのが血吸川(ちすいがわ)。慌てた温羅が雉に姿を変えて山中に隠れると、吉備津彦命は鷹になって追跡。最後は鯉になって血吸川に逃げ込んだ温羅を鵜になった吉備津彦命が捕まえて決着がつくのですが、その決着の地として伝わる場所に鯉喰神社があります。
  」Dscn1598

Dscn1582

 次は吉備津彦神社から西に5km程にある「鯉喰神社(こいくいじんじゃ)」です。温羅が鯉になって逃げ込んだ血吸川のことである「足守川(あしもりがわ)」を西に渡った小集落の中にその神社はあります。
 鯉喰神社から足守川西岸を5分程南下し、西の丘に入り込んだ所に「楯築遺跡(たてつきいせき)」があります。Dscn1629

 この遺跡は、径約50mの主墳を中に二つの突出部を備えた弥生時代後期の墳丘墓で、墳丘部には中央の亀石と呼ばれている巨石を取り囲むように、大きな板状の石が円形に配列しています。Dscn1635
また、この丘全体が「王墓の丘史跡公園」として整備されており、いまは墳丘の形をとどめていませんが、6世紀後半の物と思われる横穴式石室を持った、多くの古墳が存在しています。
 なお、この楯築遺跡も吉備津彦命が温羅との戦いに備えて石楯を築き、防戦準備をした所と伝わっています。Dscn1646

 そこから東に10分程で「吉備津神社」に到着します。この神社はこれで3度目の訪問になりますが、ようやく改修が終わった国宝本殿の姿がまぶしいくらいでした。ここは後日我が家の奥様とお祓いに訪れる予定にしているのです。Dscn1657

 さて、最後は吉備津彦の墓「中山茶臼山古墳(なかやまちゃうすやまこふん)」を参拝して終りです。
 墳長約120 m、後円部径約80m、後円部高約12m、前方部長40mの古墳時代前期の前方後円墳ですが、古墳は吉備津彦・吉備津両神社がある標高170mほどの「吉備中山」山上にあり、中々の難所です。約1kmのきつい舗装道路を自転車で上るのですが、電動アシストの威力は強力で、なんとか陵の前まで到着。事前に調べた資料では200mの下り坂となっていたのですが、なんと陵は逆に急な直線の登りの石段です。私は以前訪れた奈良県の室生寺奥の院の急坂を思い出しました。Dscn1667Dscn1671

ユックリユックリと息をはずませて、ようやく登りきりました。陵は岡山県の古墳では珍しい宮内庁管理になっており、よく見る造りで、内部に侵入することは出来ません。
 今回の目的「桃太郎伝説」は一応これで完結しましたが、陵のすぐ近くに「古代吉備文化財センター」があり、これを見学。入館は無料でした。
 「黒住教本部」前から、以前訪れた「尾上車山古墳」前を通り、下山は一気の下りで爽快です。
 笹ヶ瀬川の堤防で用意してきた弁当を食べ、13時頃帰宅。吉備津彦の墓の登りで少しくたびれました。この記事の詳細は後日「古代への道」でレポートします。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年8月31日 (日)

防災訓練

 岡山県総合防災訓練に参加(テントの中で参観するだけですが)しました。
200808311020000 昨日までの涼しさから一転、猛暑がぶり返し、座っているだけでも身体にこたえます。なんとか昼前には無事終了しましたが、せっかくの日曜日がふいになりました。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2008年8月28日 (木)

神武天皇所縁の高島と児島半島

 自転車で旭川の東岸を南下し児島半島へ渡ってみました。Dscn1524
朝のうちの雨も上がり少し暑い日差しが戻り、あまり快適とはいえません。11時前に出発し新岡山港から児島半島にかかる大きな「児島湾大橋」を渡りました。途中左手に「高島」が見えています。Dscn1526
高島は神武天皇が東征の途上、力を蓄えるために3年程留まった所とされ「高島神社」も鎮座していますが、この島はいかにも小さすぎます。ここから北へ15km程の所にも高島という場所があり、「高島神社」や「神武天皇高島宮碑」などがあります。また児島半島に渡っても「高島」の対岸にもう一つの「高島神社」があり、この辺り一帯を高島と呼んでいたのでしょう。Dscn1558 児島半島探訪は、もう少し涼しくなって本格的にするつもりで、今日は北岸を少し走ってみただけです。
 それにしても高島は小豆島行きフェリー乗り場のすぐ前の100m程沖にありますが、渡る方法がありません。
 港には遊覧船等も停泊していました。帰途に古本を16冊買ったので、しばらく退屈しなくて済みそうです。早く美夜ちゃんが来ないかなあ。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008年8月23日 (土)

電動自転車で古墳を見に行きました

 昨夜からの雨も朝のうちに上がり、今日は曇りで多少涼しい予想です。先週電動自転車を買って、早く何処かに行きたいとウズウズしていました。と云う所で自転車の走行性能と電池の容量を確かめることを兼ねて古墳巡りに出かけました。目的地は以前バスと徒歩で訪れた「牟佐大塚古墳」と「両宮山古墳」です。09:30出発。
 旭川の東岸を北上、「中原橋」を通って旭川西岸に出ました。Dscn1444
この時点で30分8kmです。「JR玉柏」駅を過ぎた所にある「大原橋」は古いコンクリート製の橋で、なかなか景色になります。45分、12kmで「牟佐大塚古墳」に到着。岡山県3大巨石古墳だけあって本当に石組みが立派です。私は岡山で見た終末期古墳の中ではこの古墳が一番好きです。Dscn1473
石室に入ると羨道途中の水たまりに、すこし緑がかった鮮やかな黄色の「ヒカリモ」が繁殖しており、それを通してみる石棺が幻想的です。
Dscn1509
 「朱千駄古墳」を右手に見ながら「両宮山古墳」に到着。ここでオムスビを一個食べました。今回はカメラも広角が写せるので、前方部と周濠がすべて収まりました。「備前国分寺跡」「森山古墳」「和田茶臼山古墳」「廻り山古墳」「小山古墳」を見て、南廻りで帰途につきました。帰り道は途中まで登りの山道が長く続きましたが、さすが電動自転車です。特に足への負担もなく35kmを無事走破しました。Dscn1513
自転車は50km程なら余裕で電池が持ちそうです。ただし、お尻が痛くなるので休み休み漕ぐことにします。少し体調が悪くても電動自転車ならなんとか史跡巡りが続けられそうです。折りたたみ自転車なのでタクシーのトランクに入りますから、疲れたらタクシーという軟弱な方法もとれます。13:30帰宅。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年8月16日 (土)

義弟夫婦のお見舞いと電動自転車

 呉市に住む義弟夫婦が私のお見舞いに来てくれました。岡山とはすぐ近くですが、彼とは久しぶりの再会です。コーヒーや葡萄、アロマテラピーの道具とパフュームオイルなどをいただきました。先日結婚した彼らの長男の結婚式の写真や私の孫の美夜ちゃんの写真などを見ながら2時間ほど話が弾みました。暑いところをわざわざありがとう。

Beepw072f
 午後、OFF TIMEというナショナルの電動自転車を買ってきました。折りたたみが出来る18インチタイヤ,7段変速のコンパクトなスポーツ型ですがリチウム電池の容量が5Ahあり、かなりタフに乗ることが出来ます。標準モードで57km、オートマティックモードで77kmほど乗れるらしい。かなりの急坂でもスイスイ登ってくれるので、最近体調の悪化が進んできた私にとって史跡巡りの強力な味方になってくれそうです。夕方早速、操山の周囲約15kmを1時間くらいで回ってみましたが、Vlcsnap9530065この間ママチャリで息をきらせながら登った東山峠の坂も楽々越すことが出来ました。

 今日の美夜ちゃんは嬉しそうにアンパンマンカーに乗っています。美夜ちゃんのお母さんは小さな頃は大変に臆病な子で、泣いてしまい、祖母が買ってくれたポルシェカーにも乗ることが出来なかったことを想いだしました。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2008年8月10日 (日)

ありがとう美夜受比売

 7月21日から我が家に来ていた美夜ちゃんが昼前の新幹線に乗って名古屋に帰って行きました。

Cimg3449Dscn1398Dscn1417Dscn1431
 おじいさんは美夜ちゃんを毎日お風呂に入れたり、一緒にギターを弾いたり、花火をしたりベランダのプールで遊んだりしましたが、美夜ちゃんの顔を見るだけで毎日が満足でした。
 

 
 岡山に来てスイカや桃、カレーライスやご飯など沢山食べるようになり、本当にびっくりです。上の歯も少しだけ見えるようになりましたが、あまり食べ過ぎて太ってしまうのが心配です。

 
 
 美夜ちゃんは帰ってしまいましたが、また9月には岡山に来てくれそうです。
 今日は新幹線のなかで終止寝て良い子だったそうですが、やはり迎えにきたお父さんの顔を忘れていたようで、最初のうち、よそよそしい態度だったそうです。

 9月までおじいさん・おばあさんの顔を忘れないでいてください。
 

 
 さて今日は3年程前に大阪で一緒に仕事をしていたK君が東京から岡山に里帰りしてくるので、職場のO君と3人で駅前で懇親会の予定です。暑いな〜〜〜

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008年8月 3日 (日)

花火

 ここの所、暑くて史跡巡りもしていません.このブログも「美夜ちゃん日記」になってしまっていますが、しばらくご勘弁下さい。Cimg3452Dscn1331Dscn1370
 昨日は相変わらず暑い一日で、美夜ちゃんを水浴びさせたりして過ごしました。
(写真はじいちゃんがエレキギターを弾いている横で悪戯をしようと、うれしそうな顔をしている美夜ちゃん)

 夜には岡山祭りで花火大会がありました。打ち上げ場が家から徒歩10分程の中ノ島なのでそこらでも見えるのですが、美夜ちゃんをベビーカーにのせて出かける事にしました。
 新京橋と小橋の間の川沿いの絶好な場所に4人分の席を確保。着いてすぐ(19:30)花火が始まりました.
 美夜ちゃんを見ると何やら不安そうな顔をしていましたが、その内、打ち上げ音が大きくなるにつれて、とうとう泣き出してしまいました。花火は美しく結構連続して打ち上げられ20:45終了。美夜ちゃんには花火がどんな「真夏の夜の夢」になったのでしょうか。(花火の写真撮影は失敗でした)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年7月31日 (木)

幻想庭園の美夜受比売

昨日、仕事から帰ったら、夕食後おばあさん、美夜ちゃん母子3人は岡山後楽園夜間特別開園「幻想庭園」に行くとのこと。Dscn1306
おじいさんの体調はあまりよくありませんが、せっかくだからとついていくことにしました。Dscn1308Dscn1314

先日は「観蓮節(かんれんせつ;蓮の鑑賞会)」で早朝から後楽園に出かけましたが、今度は夜です。幻想公園は昨日から始まり、8月末まで続きます。前日はいろいろ派手な行事があったのですが、今夜は静かな公園で特に混雑もしていませんでした。回遊式庭園は和紙で作った三角形の行灯、LEDの可愛いライト、建物内の障子を閉め、その障子に影絵を浮かび上がらせるなど、なかなか洒落た趣向です。薄暗い公園の道で、少し不安感があるのかベビーカーを押すおじいさんの顔を時々見上げて確認する美夜ちゃんがなんとも可愛いことでした。
公園からは1時間ほどで帰り、東山電停近くにある「玉井東照宮」の夏祭りに立ち寄りました。たくさんの屋台が出て結構にぎやかです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年7月27日 (日)

美夜受比売3

 3日間美夜ちゃんと離れずに過ごしました。Dscn1253Dscn1261Dscn1265

 岡山に来た最初の日には、おじいさん・おばあさんに抱かれてもお母さんの姿を探していた美夜ちゃんも次第に馴れて、時には甘えて膝の上に来るようになりました。


 逆に昨夜SKYPEで名古屋のお父さんと久しぶりに対面した美夜ちゃんは、はじめのうちお父さんの顔をすっかり忘れていたようです。


 今日はお風呂上がりに髪飾りをつけ、松山のMさんが送ってくれた真っ赤なイチゴのスタイ(エプロン)を身につけて記念写真です。

 最近何でも食べられるようになり、小さなよだれかけではすぐに汚れてしまうので、とても役立ちそうです.

 このスタイは人気商品らしいです。ありがとう。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年7月25日 (金)

今日の美夜受比売

 今日は岡山市の気温37度以上で今年一番の暑さです。Dscn1198Dscn1209
美夜ちゃんは朝7時頃起きてミルクを飲み、再び11時頃まで寝ていました。
 13時頃ベランダのプールで大喜びの美夜ちゃん。
 15時頃から美夜ちゃん、お母さん、おばあさんの3人はデパートに買い物に出かけ、18時頃帰ってきました。
 今日はおじいさんはお休みで、カレーライスを作りましたが、美夜ちゃんがいっぱい食べてくれたので、びっくりしました。
 さて、明日・明後日も休みです。おじいさんは美夜ちゃんがどんな行動をするか楽しみです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年7月22日 (火)

「美夜受比売(みやづひめ)」岡山に来る

 名古屋の美夜受比売が岡山に来てくれました。Dscn1143Dscn1149
21日は高槻のおじいちゃん・おばあちゃんの所で従兄弟のお兄ちゃんと合同の誕生会。昨日はお父さんの車で、お母さんと3人暑い中を2時間半かけて岡山に来てくれました。お父さんは今日の昼頃名古屋に帰ってゆきましたが、お母さんと美夜ちゃんは、これから2週間程岡山に居てくれそうです。さすがに1才になり、前回岡山に来た時と比べると、赤ちゃんから幼児の顔になってきました(おしゃぶりはまだ離しませんが)。おじいさんは今日から24日まで仕事で忙しく休めませんが、美夜ちゃんが待っていると思えば、仕事も一生懸命出来そうです。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年7月19日 (土)

H氏夫妻と小さな庭

 この4月、鳥取に転勤したH氏が四国に住む夫人と岡山で落ち合い、鳥取に案内する途中、岡山の我が家に立ち寄ってくれました。Dscn1081
 このところ私の体調不良が続いているため、外にも出かけず家の中で3時間程談笑しました。奥様から美夜受比売のために幼児用の「カラオケマイク」をお土産にいただきました。まだ少し早いですが、その内このマイクで歌ってくれるでしょう。早く聴きたいものです。本当にありがとうございました。
Dscn1076
 近くのホームセンターで寄せ植えやシダ類を買ってきて、小さな庭を造りました。ベースは昨年まで使っていた睡蓮鉢です。その内何処かの山から枯れ木についた苔類を拾ってきて植えたらもう少し格好がつくことでしょう。ベランダにアクセントが出来ました。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年7月17日 (木)

美夜受比売がやってくる

 私たちの「美夜受比売(みやづひめ)」がもうすぐ岡山に来ます。
1
 大阪のおじいちゃん・おばあちゃんの家で一歳の誕生会をした後、しばらく岡山に居てくれそうです。今から楽しみで、待ち遠しいですね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年7月12日 (土)

美夜ちゃんお誕生日おめでとう

 今日は美夜受比売(みやづひめ)の一歳の誕生日です。Vlcsnap11846573
去年の今頃、おじいさん・おばあさん・お父さん・お母さんは大喜びでした。
 あれから1年、日に日に女の子らしく可愛くなってきた美夜ちゃん。
 おじいさんは、これからも元気で優しく良い子に育ちますように、史跡巡りのお寺や神社でお願いをします。heart

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年7月11日 (金)

TV出演顛末記

 昨日、岡山のローカルTV放送の情報バラエティ番組に出演してしまいました。 Dscn1067
1時間枠の中で2回に渡り約10分ほど、いろいろなおしゃべりをするのですが、番組冒頭でレギュラー出演者たちが「今日は岡山・・・・・の・・さんがゲストなので、せっかくですから、今、中国地方の皆さんが一番知りたいと思っている話題について質問しちゃいましょー」等と、私が今一番しゃべりたくないことについてプレッシャーをかけてきました。
私の出演時間になり、やはりその質問です。少し困ったのも事実ですが、まあ、何とか次の話題になり、趣味の話(史跡めぐり、エレキギター)を写真を交えて話しました。時々岡山のお弁当屋さんの社長さんで木曜日のレギュラーPhoto
になっているWさんが適当にダジャレ・ギャグを入れながら突っ込んでくれるので、特に緊張する暇も無いくらい。
後半は仕事の話に戻り、今やっていることなどの宣伝をさせていただいて、何とかこのコーナーは終了しました。 1

2回目は番組最後近く、「せっかく、このコーナーのプロの・・さんが来ていただいているので、一緒に解説していただきましょう」となり、適当にコメント。ここでも冒頭の話題に触れざるをを得ず、少し苦しいコメントになりました。ただ、このことは、つい最近我が家にも寄ってくれた広島・・・・・のNさんが最高責任者で、岡山・・・・・はその情報を発表するだけなのですが・・・Nさん発表はいつになるのでしょうか。番組の最後の「私の暑さ解消法は・・」と云う質問では、受けを狙ったせいで、少し滑ってしまいました。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2008年7月 6日 (日)

備前岡山京橋朝市

京橋朝市に行ってきました。Cimg3418
Cimg3423
 朝市は毎月第1日曜日に近所の京橋河川敷で05:00ー10:00まで開かれます。
 今朝は我が家の奥様を誘って行ってみました。06時過ぎに行ってみると既に大勢の人たちが集まっています。中華そばやうどん、大きな串焼きなども売られていて、これがもう少し遅い時間ならビールを飲みながら食べたくなりますが、
何ぶん早朝のこと、私たちは揚げたての平天と鯛焼きを買って食べました。Vlcsnap6588745なかなか美味でした。
 写真は万歳ミーちゃんです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年7月 5日 (土)

操山(みさおやま)界隈

 今日は明け方から岡山県の南西部に大雨警報が発表されていました。午前中にはその不安定な場が通過して午後には雨は上がるとの予想で、昼過ぎから体力を維持するために自転車で近所の操山を一周(12km程)してきました。今日は南から東ー北ー西のコースです。だらだらとした上り坂をゆっくりと自転車を漕いでゆくと15分くらいで東山峠です。ここからは一気の下り坂で、なかなか爽快です。

Dscn1016
Dscn1017
 円山の集落に「石高神社(いしたかじんじゃ)」があります。この石段は結構登りがいがあります。社伝によれば「 往時は今の宮山から北手にある高倉山の頂上に大己貴命を祀る石高神社があり、今の嶽字岩坪に須勢理姫命を祀る八幡宮があった。・・・明治4年に旧号に復し、幡多郷の総鎮守産土神と定められ、大正3年には村社になった。・・」とのこと。祭神は大己貴(おおなむち)命、須勢理姫(すせりひめ)命、仲哀天皇(父)、神功皇后(母)、応神天皇(子)です。

Dscn1028
 そこから東に少し行くと「曹源寺(そうげんじ)」があります。この禅宗の寺はまるで京都にある寺の雰囲気を持っていて、なかなか感じが良いお寺です。
 「岡山藩第2代藩主・池田綱政が、高祖父の信輝と父・光政の菩提を弔い、また自らの冥福を祈るために、江戸時代中期の元禄11年(1698)に創建した日本屈指の臨済宗(禅宗)の大寺である。
その書院の東の約50aの土地に、山を背景にして心字池を配し、山畔の中ほどには枯山水の石組みを造り、書院と池との間に砂敷を広げて海景を表している。この庭は、絶外(ぜつがい)和尚が岡山藩家臣の津田永忠とともに築いたものと伝えられている。」とのこと。又近いうちにゆっくりと訪れることにしましょう。Dscn1022
 山門前の蓮の花の大きな莟は今朝方も花を開いたのでしょうか。観てみたいですね。

 曹源寺参道脇に「中林淳真ギター教室」案内板を見つけました。私は近いうちに岡山の民放TV局の生放送に出ることになっていて、先日どのような番組か確認のために視ていると、その時のゲストが中林さんだったのです。私の若い頃のギターのアイドルだった方で、彼の教則本で練習したことを思い出しました。番組では80才になった今も毎日6時間の練習を欠かさないとのこと。この2日には近所の曹源寺で岩手・宮城内陸地震支援チャリティーコンサートを開いたのですが、平日の日中だったので私は聴きに行けませんでした。Vlcsnap5750322
さて、私も仕事の話と趣味の史跡巡り、エレキギターの話をすることになっています。「少し演奏も・・」との事でしたが「残念ながら、一応、公務中なので・・」としておきました。
 写真は泣き虫の美夜ちゃんです。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2008年6月22日 (日)

雨の日には

 なぜか雨の降る情景が好きな私ですが、今日は朝から梅雨空の下、近所を散策してみました。
Dscn0818 家から徒歩5分の東山公園に隣接する「玉井宮」は「応徳二年(1085)の創立とされ、本来は岡山市小串の光明崎(現岡山市小串字米崎)にあったものを現在の地に移動させたものである。その後、岡山藩主池田光政が東照権現を玉井宮の地に勧請し、玉井宮は南方へ移動させたが、明治一四年に旧地へ戻って東照宮と合祀した。
Dscn0816  玉井宮本殿は東照宮の本殿であるが、正保元年(1644)に落成し、正保二年(1645)に遷宮がおこなわれた。桁行三間、梁間二間、銅板葺の入母屋造である。内部は板扉を設けて2分し、さらに内陣は扉で2分しているが、内陣内の扉は後世に付加されたものである。この建物は軒が極めて大きく前へ出ていることに特徴があり、特に向拝部分が顕著である。内部、外部とも彩色を施している。 」とのこと。結構大きな神社です。

Dscn0822 雨の季節の定番は蝸牛と紫陽花ですが、民家の塀のあちらこちらで元気に動き回っています。

Dscn0836_2 
操山の麓には寺社が沢山ありますが「少林寺」もその一つです。資料によれば「播州赤穂城主松平右近大夫輝興菩提所である。輝興は池田輝政の第八子で、赤穂に長松山盛岩寺を建立している。これが少林寺の前身で、万治3年(1660)、輝興は37才で岡山に於いて病没し、現在の少林寺に葬られた。その時盛岩寺も此の地に移され国富山少林寺と改められた。Dscn0837
本尊は観世音菩薩、開祖は法隣和尚である。境内には岡山藩筆頭家老・伊木田忠澄公(三猿斎)の墓所とそして操山を借景とする遠州流の庭園があり、(築庭元禄12年)三猿堂が設けられている。
なお境内にあった羅漢堂は、昭和14年に惜しくも焼失した。」とのこと。

 寺域には巨石を彫った石仏がいくつもありますが、もしかしら操山古墳群の石室材を利用したものではないかと想像します。
Dscn0840 庭園は残念ながら非公開ですが、裏山の墓所から鉄条網越しに一部を見ることが出来ます。

Dscn0841
 庭園山側の隅にどう見ても古墳の石室に見える石組みが見えます。残念ながら寺には人の気配がなく、尋ねることも出来ませんでしたが、石室だとすると操山古墳群の一つなのでしょう。正面から見ることが出来たらはっきりするのですが。
Dscn0850  雨の中で紫陽花の花も生き生きとしています。
Dscn0852 Dscn0846

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年6月15日 (日)

旭川流域の史跡を求めて

 昨日程の晴天ではありませんが、前半は何とか天気が持ちそうです。愛用の自転車で旭川流域を北上して史跡を巡ることにしました。
Dscn0714
 (新幹線の手前にJR線の鉄橋がある)
 朝8時出発。後楽園を左手に見ながら旭川の堤防沿いを北上します。途中JRの踏切脇に「延命地蔵様」が座っておられたので、ちょっぴり自分のことをお願いしました。
Dscn0729
 旭川から引いた美しい「祇園用水」沿いの道を進み「龍ノ口山」西麓の「グリーンシャワー公園」に9時頃到着。
Dscn0737
 龍ノ口山登山道の入り口付近に「龍ノ口山1号墳」という6世紀後半に造られたと推定される小振りな円墳がありました。墳丘はかなり削り取られ、羨道部は陥没していますが玄室の石組みはほぼ原形をとどめています。玄室内に石棺は見当たりませんが、小さな砕石が散らばっており、元の石棺の残骸かも知れません。この古墳の石材もかなり大きく、全般に吉備の國の横穴式石室の規模は大きい感じです。
Dscn0742
 今日の目的は登山ではないので、元の道を引き返して更に旭川の堤防を北上し、この4月中旬に訪れた「牟佐大塚古墳」がある地域が見える所まで行ってみましたが、そこで堤防の道は終り対岸に渡る橋も遠く離れているため、仕方なく引き返しました。Dscn0762 写真は500ミリ望遠で撮った旭川に遊ぶ白鷺ですが、100m程距離があるのに、三脚無しでもぶれておらず最近買ったデジタルカメラの威力には驚きます。
 そのあと、高島地区の3神社を訪れました。「備前国総社宮」は、放火により焼失した本殿立て替えのための神事が行われている最中でした。Dscn0769
 公式HPによると「総社とは奈良、平安時代には朝廷より任命された国司が任国に派遣され、国庁で政治を行いました。現在、『時範記』と呼ばれる因幡国の国司の日記の一部が残っています。その『時範記』から推測すると、任国に赴いた国司は国庁入庁前にまず「総社」で「任国の国印(銅印)」と「倉の鍵」を受け取る儀式を行っています。これは任国の神々に国を治める者としての承認をえるための儀式でした。祭政一致の時代、国司は政治を行うと同時に、国内の神々の祭祀を行いました。そのためにも国内の神々を合祀した神社、即ち「総社」が必要だったのです。」とのこと。
 Dscn0777
 「素戔嗚(すさのお)神社」の本殿はかなり立派です。Dscn0778
拝殿には幾つかの絵馬が奉納されていますが、この絵はよく見る構図で左右の人物は「武内宿禰」と「神功皇后」で、武内宿禰が抱いている赤子は後の応神天皇です。端午の節句の幟旗でよく見られます。この地域は「祇園」と呼ばれていますが素戔嗚命と云えば祇園社の祭神なので、総社宮や神武天皇にゆかりのこの地域は吉備の國でも特別な神域なのかも知れません。
 Dscn0787
 「高島神社」は高台にあります。神武天皇が東征の途上、この高島で3年程力を蓄えていたとのことですが、そのため神社前には「吉備高島宮址」の碑が建っています。しかし高島という地域は諸説あり、児島湾に浮かぶ「高島」という小島も有力です。なお、この島にも「高島神社」があります。この二つの高島はほぼ南北で20km程しか離れていないので、この付近一帯を高島と呼んでいたのかもしれません。
Dscn0790 そのあと一度訪れたことのある「唐人塚(かろうどづか)古墳」を再度訪れました。古墳南側の農業用水路は梅雨時で水量が多く、灌漑用の水車が勢いよく廻っていました。
 Dscn0802
 そのあとは再び旭川堤防沿いに戻りきれいに咲いている花々を見ながら帰途につきました。
Dscn0809
Dscn0764

 12時丁度に帰宅。自転車で4時間25km程の行程でした。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年6月11日 (水)

美夜受比売(みやづひめ)

 080611_1754000100

 初めて髪飾りをして女の子らしくなった今日の美夜ちゃんです。
 
 


 数日前にはようやく歯も生えてきたそうです。
 

 あと一月程で1才の誕生日を迎えます。
080611_22390001

 


 本当にお母さんの小さかった頃にそっくりになりました。
 

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008年6月 8日 (日)

浦間茶臼山古墳と宮山西塚古墳

 前日、広島在住のN夫妻と愛媛県在住のJさんが我が家に集まり、時を忘れて昔話をしました。私ども夫婦を含め5人は同じ年で、今から30年程前の松山勤務時代に隣同士としてお互いに子育てをした仲間でありました。本当に懐かしく夜11時頃まで談笑。今日は岡山市内で所用のN氏、古墳巡りに出かける私を除いて、女同士3人で我が家に再び集まってワイワイとおしゃべりをしたことでしょう。私は15時前に帰ってきましたが我が家には誰もいません。愛媛に帰るJさんを送って行ったのでしょう。

 さて、今日は9:15出発で、近くの岡山東高校前から09:33発の宇野バスに乗り込み、浅川というバス停に10:01到着しました。最初の目的地は岡山市浦間にある「浦間茶臼山古墳」という前方後円墳です。バス停から少し西に戻り北へ800m程で東側面を民家に囲まれた浦間茶臼山古墳が見えてきます。 Dscn0632  西側の作り出し部付近から墳丘の鞍部に登りました。まず前方部に登り、その後後円部に登りましたが、前方部よりもかなり高くなっています。後円部中央の縦穴式石室があったのではないかと想像する場所は大きく掘り込まれ雨水がたまっています。    墳長138 m、後円部径81m、後円部高13.8m、前方長61mで後円部は三段築成です。前方部が三味線のバチ形に開く最古形式の前方後円墳で、竪穴石室は長さ7 m、幅1.2 mで長大な割竹形木棺が納められていたと推測されているそうです。  この古墳は吉備の國のなかでも最古の大形前方後円墳で、おまけに奈良県桜井市の「箸墓(はしはか)古墳」の2分の1相似形墳になっているそうで、巨大な勢力を誇った吉備の古墳時代の始まりを告げる古墳とされています。 Dscn0643  墳丘を一回りしてみましたが、確かに周濠があればそのように見えないこともありません。  (写真は西側から見たもので、向かって右が後円部)  次の目的は南約6kmの「百枝月(ももえづき)」の岡地区にある「宮山西塚古墳」です。まず東に2km歩くと「吉井川」の堤防に達します。自動販売機も無い堤防を更に4km程歩いてようやく古墳のある岡地区に入り、西の山裾にある古墳はすぐに見つけることが出来ました。。  Dscn0659  石室入り口に石の小さな祠とその背後に石仏が祀ってあります。 Dscn0683  南北17.0m、東西12.2mの楕円形をした墳丘で、背後には幅8〜9mほどの周濠がめぐるっていたそうですが、今は判りません。  Dscn0689_2  石室全長は13.5m、玄室の長さ5.3m、幅 1.5〜1.6m、羨道の長さ8.2m、同幅1.3〜1.5mでの両袖式の立派な石室です。  羨道には、長さ186cm、幅92〜 98cmの石棺の身があり、なぜか羨道の中央部に置かれています。石材は兵庫県産の竜山石で、内部からは勾玉が出土したともいわれています。  資料によると「本墳の位置する吉井川西岸には、後期古墳は少なくかつ小規模なものが大半である。大きさの点からも当地の中心的な首長が埋葬されていたと考えられる。さらに、石棺の石材から、畿内と極めて密接な関係をもっていたことも推測される。」とのこと。 Dscn0694_2            (写真は玄室奥から入り口を写したもの)  石室内はなぜか不気味な鈍い音がしており、一瞬、石室が崩れているのではないかとドキリとしましたが、石組みはしっかりとしており、そのようなことは無いようです。はて?  そこから更に南にひたすら4kmほど歩き、何とか「JR西大寺」駅に到着。13:49発の3両編成のワンマン電車はハイカーで超満員です。今日は西大寺で何か行事があったのでしょう。Vlcsnap15961775蒸し暑い中を久しぶりに12km程歩きました。体調は良いとは云えませんが、好きなことは頑張れるものです。    
 ばあちゃんが買って送った可愛い服を着てご満悦の美夜ちゃんです。涼しそうですね。(skype画面)

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2008年6月 1日 (日)

箭田大塚古墳と吉備真備

 岡山県の三大巨石墳(牟佐大塚古墳、こうもり塚古墳、箭田大塚古墳)のうち、まだ見ていなかった「箭田大塚古墳(やたおおつかこふん)」を見物に行きました。
 朝7:40出発、JR岡山駅発08:18の伯備線備中高梁行き普通電車に乗り「清音(きよね)」で08:48の井原鉄道のワンマン電車に乗り換え08:55「倉敷市真備町(まびちょう」の「吉備真備(きびのまきび)」駅に到着。井原線は1時間に一本程しか無く、少しでも遅れると予定が大きく変わってしまいますが何とか順調な到着です。(写真は駅の表示板の吉備真備)
Dscn0605
Dscn0525
 駅前の道をまっすぐ北に歩き、300m程で車道に突き当たって、そこから西に10分程で「まきび公園」に到着しますが、公園前をそのまま北東に10分程歩けば山裾に古墳らしき高まりが見えます。これが箭田大塚古墳です。(写真の山の裾にあります)
Dscn0579

 古墳は地元でも大切にされているらしく、良く整備されており草等も茂っていませんでした。ただし、ここも「まむしに注意」の標識があります。小さな古墳等を巡るのは草が枯れ蛇が出没しない冬が最適なのです。
Dscn0537

 古墳は6世紀後半から7世紀に築造された円墳と見られ、明治34年の発掘調査で土器・刀剣・馬具・金環・勾玉等が発見されていますが、これらは現在、東京国立博物館などに所蔵されているそうです。
Dscn0553

 円墳といっても「張り出し」があるために、どうしても前方後円墳のように見えてしまいます。しかし、昭和58年の調査で周濠が確認され、「張り出しを持つ円墳」であることが確定したそうです。
 墳丘は直径54m、高さ7mで、前方後円墳である総社市の「こうもり塚」程ではありませんが、なかなか立派な墳丘です。
Dscn0569

 横穴式石室は長い羨道と玄室をもっており、全長は19.1m、玄室の長さは8.4m、幅3m、高さ3.7mで天井石は4枚の巨石で構成されています。
 ここも残念ながら玄室には柵が設けられているため、直接石棺に触ることが出来ません。
Dscn0560

 石棺は3基あるようですが、2基は追葬されたものとのことです。盗掘の跡が生々しく感じられます。
 墓の主は判りませんが吉備西部に勢力を誇った「下道臣(しもつみちのおみ)」や吉備真備に関連する人物と見てよいでしょう。

 さて、これで岡山県の三大巨石墳を全て見ることが出来ました。
Dscn0583

 元の道を戻り「まきび公園」に立ち寄りました。この公園や町名(「真備町(まびちょう」)は、古代大和の持統天皇時代から奈良時代に活躍した大政治家・学者「吉備真備(きびのまきび)」の出身地と云うことに由来します。
Dscn0594

 吉備真備の父は、この地の下道氏ですが母は大和の豪族「楊貴(八木)氏」です。
 真備は22歳のときに遣唐留学生となって多くの典籍を携えて帰国し、その後、 恵美押勝(えみのおしかつ;藤原仲麻呂)の乱で大活躍しました。

 学者から立身して大臣にまでなったのは、近世以前では、吉備真備と菅原道真のみだそうです。
(写真は公園に設置している不気味なパンダ像)
Dscn0595
 吉備真備駅発10:57で帰途につきましたが、今日は4kmほど歩いただけに終わってしまいました。
 そろそろ暑くなり、史跡巡りにはつらい季節になってしまいます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月27日 (火)

明日香の空気

 久しぶりに明日香村を少しだけ訪れました。26、27日と大阪で会議があり、その会議終了後。奈良県在住のO氏と逢いました。O氏は車で明日香まで連れて行ってくれるとのこと。
 O氏の勤務する八尾市から天理市を通り、「山辺の道」を左手に、「纏向」を右手に見ながら南下。「崇神天皇陵」ー「景行天皇陵」前を通り、途中「箸墓(写真)」に立ち寄りました。箸墓の背後には「三輪山」がそびえており本当に久しぶりの大和路に涙が出そうでした。
P506ic0000590069_2

 「桜井」から「安倍文殊院」横ー「山田道(磐余道;いわれみち)」を通って「飛鳥資料館」前に。資料館では、つい3日前まで「キトラ古墳壁画十二支−子・丑・寅」特別展示が開催されていたのですが、残念ながら今は終わっています。
 「甘樫丘」の東麓を「亀石」ー「橘寺」ー「石舞台」前(いずれも素通りですが)を通って「犬養万葉記念館」でコーヒーを一杯飲んで、「酒船石」ー「飛鳥寺」ー「飛鳥坐神社」前を通り、「藤原京跡」の真ん中を「大和三山」、遠くに「二上山」、「葛城・金剛山系」を眺めながら帰途につきました。
P506ic0000655606_2
(写真は記念館の中庭)記念館では高名な万葉学者だった「犬養 孝」先生の「万葉の旅」と云う本を購入。1964年に初版が出た改訂版ですが、昭和30年代の大和路の写真がふんだんに使われ、犬養先生が大和の景色と絡めた万葉集の解説を生き生きとされている本です。この本はその内もう少し詳しくレポートすることにします。
 O氏に「王子」駅まで送っていただき、新大阪発17:29の新幹線で岡山に帰ってきました。時間の関係もあり、ほとんど何も観ませんでしたが、久しぶりに大和路の空気を吸った満足感がわいてきました。
 O氏に感謝です。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年5月18日 (日)

唐人塚古墳と賞田廃寺

 孫の美夜ちゃんが名古屋に帰ってしまい、寂しくなったのを紛らせるために、史跡巡りに出かけました。
 今回は岡山市の北に東西に広がる「龍ノ口山」南麓にある「唐人塚(かろうどづか)古墳」と「賞田(しょうだ)廃寺跡」です。愛用の自転車で08:40出発。自宅から約7km程にあるのですが、のんびりと09:30古墳に到着。古墳は農道を50mほど入った山裾にあります。
Dscn0444

Dscn0453

Dscn0456
 標高257.1mの龍ノ口山南側にあり、近くには飛鳥時代創建の賞田廃寺があります。墳形は不明ですが、石室全長は8.9m、玄室部の長さ5.1m、同幅2.2 〜2.9m、羨道長さ3.7m、同幅2.9mで両袖式です。「総社市のこうもり塚古墳、真備町の箭田大塚古墳、岡山市の牟佐大塚古墳のいわゆる吉備三大巨石墳と同様に、巨石を用いた数少ない古墳である。そのうち本墳の石材は最も整美であり、県下の巨石墳のなかでは最後につくられたと考えられている。玄室部には、長さ225cm、幅120cmの石棺の身があり、石材は兵庫県産の竜山石である。県下における同種の石材の石棺のうちでは最も大きい。」とのこと。
 石棺の蓋が無いのは残念ですが本当に立派です。石棺には水がたまっていました。
 この古墳のある旭川東岸部は、古代吉備の國の有力豪族である「上道(かみつみち)氏」の拠点であったことから、それなりの人物が葬られているのでしょうが「唐人塚(かろうどづか)」と云う名前からは渡来人の可能性もありそうです。

Dscn0481

Dscn0489
 唐人塚から東350mの所に「賞田廃寺跡」があります。その一角が公園になっており、広大な跡地が綺麗に整地されて残っています。
 資料によると「発掘調査の結果、金堂、塔、西門や回廊、背後の瓦窯などが検出され、塔や西門の基壇は、地方では稀な凝灰岩製壇上積であることがわかった。多数の瓦や三彩陶器などが出土している。また、瓦の出土から創建時期が飛鳥時代までさかのぼることも確認されている。同じ平野に位置する幡多廃寺や居都廃寺と、かなり密接な関係があることが瓦の分析から指摘されており、それらは吉備の有力豪族である上道氏の氏寺と考えられる。」とのことです。

Dscn0501
 更に東に進むと東丘団地の中に「大神神社(おおがじんじゃ)」がありました。奈良県桜井市の有名な大神神社は「おおみわじんじゃ」と読みますが、ここの神社と祭神がほぼ同じです。(写真は神社内に掲げている祭神の絵です。左から少毘古那神、大穴牟遅神、三穂津姫神(別名、多紀理姫・木花咲耶姫)、大物主神)

Dscn0512
 東丘団地の裏山は多くの古墳群があります。その中でも有名なのが「備前車塚古墳 」です。古墳時代前期の前方後方墳で墳㙊は48.3mありますが、写真の山頂にあることから今回は止めておきました。そろそろ蛇も出そうです。次の冬に龍ノ口山の別の古墳群と一緒に訪れることにしました。

Dscn0388

 やはり、美夜ちゃんが帰ってしまった寂しさがつきまといます。
 つぎは何時逢えるかな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月17日 (土)

美夜受比売(みやづひめ)名古屋に帰る

Dscn0361 5月4日から岡山の我が家にきていた孫の美夜ちゃんが昼過ぎの新幹線で名古屋に帰って行きました。

Dscn0369
 美夜ちゃんのお母さんによると、新幹線車中での美夜ちゃんはいつもと違い、ひどく悪い子だったそうです。

Dscn0379


 名古屋駅にはお父さんが迎えにきていたのですが、2週間の間に、すっかりお父さんの顔を忘れていた美夜ちゃん。


Dscn0408


 美夜ちゃん、また岡山に遊びにきてね。おじいさんとおばあさんは首を長くして待っています。
 それからおじいさんとおばあさんの顔を憶えていてください。


 岡山では新しいカメラで美夜ちゃんの写真を400枚程撮りました。今その写真を見ている所ですが、本当に可愛いです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月11日 (日)

美夜受比売(みやづひめ)5

Dscn0315
 午前中は曇りの天気で、美夜ちゃんもお部屋で一人遊びです。
 美夜ちゃんはマウスとかキーボード、リモコン等を触るのが大好きのようです。
 Dscn0320 


 午後からは天気も回復、美夜ちゃんとおじいさん・おばあさんの3人で近所のスーパーまで買い物に出かけました。
 近所には綺麗な花を咲かせている家が沢山あります。でも美夜ちゃんはまだ花には興味がありません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月10日 (土)

美夜受比売(みやづひめ)4

 Dscn0313_3

 外は昨夜から弱い雨が降っています。
 そのため今日は土曜日なのに、どこにも出かけられず、美夜ちゃんも家中を這い回って遊んでいます。

 明日(あした)天気になぁーれ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月 6日 (火)

美夜受比売(みやづひめ)3

 連休最終日、お母さん、おばあさん、おじいさんと美夜ちゃんは後楽園に行ってきました。
Dscn0231

 とにかくいい天気で、美夜ちゃんは日差しがまぶしそうです。後楽園に着いたとたん美夜ちゃんがベビーカーの中でぐっすりと寝てしまいました。
Dscn0235

連休も今日で終りのせいか人出はそれほどでもなく、のんびりと庭園を巡ることが出来ました。
 


 その後岡山城を見物して帰ってきました。
 お父さんがいたらもっと良かったのにね、美夜ちゃん。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月 5日 (月)

美夜受比売(みやづひめ)2

Dscn0175
 美夜受比売(みやづひめ)の岡山二日目です。美夜ちゃんのお父さんは渋滞にかからないように、朝方名古屋に帰って行きました。ご苦労様です。
 美夜ちゃんは少しずつ馴れてきました。写真で美夜ちゃんが着ている可愛い服は、30年前に美夜ちゃんのお母さんが着ていたもので、おじいさんのお母さんが縫ってくれたものなのです。
 まるで「アルプスの少女ハイジ」みたいですね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

美夜受比売(みやづひめ)

 連休2日目の昨日、名古屋に住む孫の「美夜受比売(みやづひめ);美夜ちゃん」が両親とやってきました。
Dscn0136
 美夜ちゃんが来るので私たちは朝からソワソワ。15:30頃到着しました。前日の3日は「高槻」のおじいさん・おばあさんの所で泣いたそうなので、馴れるまで慎重に抱っこせずにいましたが、我慢出来ず抱っこしてみると、やはり泣いてしまいました。
 人見知りの甘えん坊さんのようです。それでも愛嬌があるのはいつものとおりで、いっぱい笑ってくれました。Dscn0095


 今朝もまだお母さんは寝ていますが、美夜ちゃんは眼を覚まして、お母さんの側で笑っています。

 (写真で美夜ちゃんが振っている玩具は30年前に美夜ちゃんのお母さんが持って遊んでいたガラガラです。)お父さんは今日名古屋に帰ってしまいますが、お母さんと美夜ちゃんは、しばらく岡山にいてくれます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月 2日 (金)

新しいデジタルカメラ

 新しいデジタルカメラを買いました。明後日には名古屋に住む孫の「美夜ちゃん」が岡山に遊びにくるので、このカメラでたくさん写真を撮りましょう。
001_2
 ニコンの「P80」で4月下旬に発売になったばかりです。「P80」は焦点距離4.7〜84.2mm (f2.8〜4.5) の光学18倍ズームレンズを搭載。35mm判換算で広角27mmから超望遠486mmまでの画角をカバーする。合わせて「イメージセンサーシフト方式手ブレ補正(VR)機構」を搭載しており、望遠撮影時でもブレの少ない撮影が可能となる。撮像素子は1/2.33型、有効1010万画素CCD。性能の割には安いですね。一眼レフではありません。小さくて軽いです。インターバル撮影等も出来るので、面白い動画が出来るでしょう。
 それにしても今まで使っていたCASIOのEX-Z50にはお世話になりました。3年と少し、私の史跡巡りにつき合ってくれて、今では操作ボタンの印刷もほとんど消えかけています。ご苦労様でした。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2008年4月30日 (水)

半田山植物園

 昭和の日の昨日は我が家の奥様と「半田山植物園」に行ってきました。
Cimg3073
 植物園は山の斜面を利用して造られています。
Cimg3098
 中腹の展望台奥に「一本松古墳」があります。この古墳は5世紀後半に造られたとみられる全長65mの前方後円墳ですが、後円部中央の石室があったとみられる位置は戦時中に高射砲陣地を造るため大きく掘り込まれています。なぜか今もそのままですが?

 Cimg3120 
 桜の季節が終り、ハナミズキもほぼ終わりつつあるこの季節、思ったより花の数が多くありませんが、各種のツツジが満開です。
Cimg3129
  連休には名古屋の「美夜ちゃん」が来てくれる予定で、今から楽しみです。
Cimg3114


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月26日 (土)

尾上車山古墳と吉備津・吉備津彦神社

 今週も史跡巡りに出かけました。Cimg2996
 Cimg3018
 前日までは真吉備町の箭田大塚古墳を訪れようと計画を立てていたのですが、朝からギターなど弾いているうちに計画の時間を過ぎてしまい(真吉備町に行くのは電車の便が悪いのです)、急に行き先を変更して、9時前に自転車で西に向かいました。岡山の市街を過ぎ「笹が瀬川」を渡るとそこは吉備津神社などがある地区です。ここで約1時間経過。Cimg3026 この地区の南に「尾上車山古墳」があります。吉備路の周遊コースから少し南に外れているために、先々週も訪れるのを見送った古墳です。(写真は後円部から見た前方部と前方部から見た後円部)この古墳は吉備津神社等がある山塊の一つの尾根を切って4世紀中頃に造られた、全長130mの古墳時代前期の前方後円墳です。現在、周囲は田園地帯になっていますが、その頃はすぐ山の裾まで海が迫っていたそうで「ギリギリ山古墳」とも呼ばれていたそうです。
Cimg3066 少し遠くから観ると、かなり高い所に造られていることが判ります。造られた頃は海から見た姿が雄大であったことでしょう。Cimg3031_2
 古墳がある山は岡山県が発祥の神道「黒住教」の聖地にもなています。
 Cimg3038_2 
 民家の庭先に美しく咲く花々を見ながら3kmほど山塊を廻り、西→北に方向を取ると「吉備津神社」です。
Cimg3042

 神社は土曜日にしては人でもほとんどなく静かです。連休を待っているのでしょうか。中庭の牡丹が咲き始めです。一輪の椿も可憐な姿を見せてくれていました。
Cimg3050_2


 吉備津神社の国宝本殿の桧皮葺き工事が終り、大屋根を取り去ったとの新聞記事があったので、そちらに行ってみましたが、確かに屋根は無いものの、側面の覆いはまだそのままで、屋根の一部が見えるだけでした。工事完成はやはり9月末になるそうです。
Cimg3062_2
Cimg3063_2

 その後は先々週と同じく、自転車周遊道路を通り「吉備津彦神社」に立ち寄り、神社前庭の池の畔で弁当を食べました。少し疲れましたがいい気分です。
 この神社の狛犬は陶器製のようです。さて、後は帰るだけですが、距離はあと10km程残っています。最後はヨレヨレになりながら、全行程30km程を自転車で踏破しました。
 藤の季節。家近くの民家庭先に美しく咲いています。
Cimg3069_2


Miya_3

 名古屋の「美夜ちゃん」は最近掴まり立ちが出来るようになってから、少し悪戯をするようになってきました。スカイプのテレビ電話で、パソコンのキーボードに興味を示し、夢中になって触っているのですが、おじいさん・おばあさんの呼びかけにも応えてくれません。

| | コメント (4)

2008年4月19日 (土)

西高月古墳群(両宮山古墳)と牟佐大塚古墳

Cimg2816
 先週に引き続き史跡巡りに出かけました。今回は前回と逆方向、岡山市の東を流れる旭川の東岸から赤磐市西部に散在する古墳群を見てきました。
 朝08:10出発、表町の宇野バスセンター発08:35に乗り込んで、赤磐市「新道穂崎」バス停09:15着。
 まず、バス停から南500m程にある「小山古墳」を訪れました。
Cimg2834_2
 畑の中にポツンと存在している古墳は、5世紀終盤から6世紀初頭に出来たと推定される全長55mの前方後円墳です。墳丘に登ってみると前方部は掘り込まれ、後円部には稲荷神社を祀ってあるため大きく破壊されていますが、少し離れて側面から観ると、前方後円墳のフォルムが明瞭です。(写真は南東側から見たものです。後方中央、高架道路の向こうに両宮山古墳が見えます)

 バス通りまで戻ると、道路のすぐ北側に古墳が見えますが、これが「森山古墳」です。
Cimg2857_2
 円墳に見えますが、後円部に比べて前方部が著しく低い「帆立貝式」の前方後円墳で、全長は85mあり、元は濠が巡っていたようです。墳丘に登ってみると、すぐ北に大きな森が見えますが、これが今日のメイン古墳の「両宮山古墳」です。森山古墳はこの両宮山古墳の陪冢なのです。
Cimg2863
 両宮山古墳の全長は192mで、岡山県では3番目に大きな前方後円墳です。また岡山の大型古墳の中では珍しく前方部に周濠が残っています。
 両宮山古墳の外周を一回りしてみました。南側は交通量の多い車道ですが北側は少しなだらかな上り坂で、一面に畑が広がっています。後円部の濠にほぼ接して、陪冢の一つである「和田茶臼山古墳」があります。
Cimg2876
 この古墳も円墳に見えますが、全長55mの「帆立貝式古墳」であることが判っています。(上の写真は茶臼山古墳と後方に両宮山古墳の後円部が写っています)

Cimg2914
 両宮山古墳(写真後方の森)のすぐ西側に「備前国分寺跡」があります。先週訪れた「備中国分寺」には立派な五重の塔が残っていますが、ここは広大な跡地に「石造七重塔」がぽつりとあるだけです。また、備中国分寺と同じく、すぐ近くに「備前国分尼寺」跡地がありました。
Cimg2922 備前国分尼寺跡からすぐの所に「朱千駄古墳」があります。前方部がやや広い全長70mの前方後円墳で、古墳から大量の朱が出てきたことから、この名がついたそうです。この古墳も両宮山古墳の陪冢とのこと。

 そこから約1.5km程西に歩いた所に「牟佐(むさ)」の集落があります。道路北側の住宅地に挟まれて「牟佐大塚古墳」がありました。
Cimg2970
Cimg2944
 6世紀末に造られたと推定されている横穴式石室を持つ円墳で。石室の規模は先週訪れた「こうもり塚古墳」および「真備町箭田大塚古墳」と並び岡山県3大巨石墳の一つとされています。Cimg2949全長18mの石室の奥にある家型式石棺の造りも盗掘口から覗き込むと驚く程精緻です。この石棺には珍しく直接触ることが出来ます。
 石棺の後ろに回り込み、石棺を前景に石室入り口の写真を撮ることが出来ました。この古墳の石室は一見の価値があります。Cimg2956_2

 墳丘上に登り、昼食をとったあと、今日の2時間半程の史跡探訪は終了です。赤磐市も私が住んでいる地域から続く吉備の國の「上道臣(かみつみちのおみ)」が勢力を張っていた地域で、まだまだ古墳や史跡が多くあります。ただ史跡が広い地域に散在しているため、数度にわけて訪れる必要がありそうです。
 大塚古墳近くの「牟佐下」バス停から11:46のバスで帰途に着きました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月12日 (土)

吉備路の史跡巡り

 岡山に来て、ほぼ3ヶ月が過ぎ、満を持して本格的な史跡巡りに出かけました。場所は岡山市西部から総社市にかけての東西20km程の吉備路です。
Cimg2667

 ルートは、総社駅(そうじゃえき;レンタサイクル借用)ー作山古墳(つくりやまこふん;さくざん)ー角力取山(すもうとりやま)古墳ー備中国分寺ー江崎古墳ー吉備路郷土館ー備中国分尼寺跡ーこうもり塚古墳ー千足装飾古墳ー造山古墳(つくりやまこふん;ぞうざん)ー惣爪塔(そうづめとう)跡ー御野立所ー吉備津神社(きびつじんじゃ)ー吉備津彦神社ー備前一宮駅(びぜんいちのみや;レンタサイクル返却)です。
 久しぶりに体調もまずまず。朝8時過ぎに家を出てJR吉備線でほぼ1時間後の09:12総社駅着。駅前でレンタサイクルを借り(備前一宮で返却1000円です)東に向けて出発。
 最初の目的地は「作山古墳」です。
Cimg2615

途中畑の中を顔の黒いネコが歩いているのかと思えば狸でした。何とものんびりした情景です。(写真は少し遠くだったので不鮮明です)。
Cimg2653

 作山古墳は全長286mの前方後円墳で、岡山県で2番目、全国でも9番目(最近は11番目との説もある)の大きさです。古墳に登ってみましたが、この古墳は発掘調査がされていないとのことでした。(写真は南側から見た古墳で右側が後円部です)
Cimg2636

 作山古墳の南にこの地域では珍しい方墳の「角力取山古墳」があります。5世紀中葉の古墳で、墳丘上に巨大な黒松の木が生えています。すぐ脇には「ギリギリ山古墳(道路拡張工事のとき、ここに移築された)」の横穴式石室が露呈していました。
Cimg2670

Cimg2689
 
「備中国分寺」の五重塔は作山古墳付近から見え始めます。岡山と云えば桃太郎で、桃の花が至る所にあり、花をバックに塔の姿が映えていました。国分寺周辺には、菜の花、桃の花、桜、チューリップ等色とりどりに咲いており、今日の陽気に誘われて観光客も大勢でした。
Cimg2715

Cimg2742

 国分寺周辺には5〜7世紀の古墳が数多くあり、その中でも国分寺北西にある「江崎古墳」と東にある「こうもり塚古墳」の石室の石棺は立派です。

 いずれも盗掘の痕跡がありますが、石室にそのまま残っており、比較的保存状態もいいようでした。ただし、両古墳の石室とも途中から柵がしてあり、石棺に直接触ることは出来ません。(写真は江崎古墳とこうもり塚古墳の石棺)

 「吉備路郷土館」の入館料は150円で安いですが、展示内容もそれなりで、もう少し充実させるべきでしょう。
 「造山古墳」に向かう途中いいにおいに誘われて昼食にラーメンを食べました。私は体を壊してからはあまりラーメンを食べませんが、実は大好きです。岡山はラーメンどころとして最近有名になりつつあります(職場のすぐ南の通りがラーメン通りといわれ、おいしい店が沢山並んでいます)が、今日の店は岡山に来て一番の味でした。(名前は伏せておきます)
Cimg2750

 造山古墳は全長360mの日本で4番目に大きな前方後円墳です。(仁徳、応神、履中天皇陵に次ぐ)
Cimg2768

 脇には6基の陪冢があり、(上の写真は桃の花を前景にした4号陪冢)比較的保存状態は良いようです。その中の一つ5号陪冢「千足(せんぞく)装飾古墳」の墳丘に登ってみました。中央に石室が露呈しいていますが、なんと水没しています!!。それでも墳頂の桜が本当に綺麗です。その桜を前景に造山古墳の前方部を撮影してみました。
Cimg2780
Cimg2769

 前方部に石段があり、それを登ると前方部に神社があります。神社前には石棺が転がっていますが、造山古墳のものかどうかは判らないそうです。前方部と後円部の鞍部は桜並木になっています。後円部の広場は広大でした。
 Cimg2800

 次第にお尻が痛くなるのを我慢しながら、のどかな吉備路を東に自転車で走り(吉備路サイクルロードは良く整備されています)備中一宮「吉備津神社」に到着。神社の長い回廊を歩き、今日は少しだけ見物です。国宝の神社本殿は修復のた、めすっぽりと覆い屋が造ってあり、工事が完成するのは秋になるそうです。そのとき我が家の奥様と訪れましょう。
 神社の低い山塊を東に少し回り込むと、「両国橋」という本当に小さな橋があり、ここが昔の備中と備前の国の境になっています。
Cimg2807

そこから1.5km山塊を回り込むと備前一宮「吉備津彦神社」があります。吉備津神社と同じく桃太郎のモデルとなった「吉備津彦命(きびつひこのみこと)」を祀ってあるのですが、岡山に転勤してくる1ヶ月程前に奈良県田原本の孝霊天皇の宮跡を訪れたのを思い出しました。吉備津彦は孝霊天皇の子供なのです。
 神社すぐ近くにある備前一宮駅前でレンタサイクルを返却。14:57の電車に乗り込み、帰宅したのは15:40でした。
Cimg2759

 今日は久しぶりに満足した一日になりました。吉備路はあと何度か訪れ、改めてじっくりと楽しむことになるでしょう。
 なお、この記事の詳細は後日「古代への道」で報告します。

P3250053

ところで、最近の美夜ちゃん(生後9ヶ月)はハイハイも出来るようになり、昨晩にはつかまり立ちもするようになりました。写真は歩行器の中でご機嫌の美夜ちゃんです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月 8日 (火)

 4日の夜、昨年春に退職した松山在住のM夫妻が岡山に遊びに来ました。夜は岡山駅西口の洒落たレストランで我が家の奥様を含め4人で食事。
 翌日の土曜日は我が家から電車で5分くらいにある旭川河川敷の桜見物です。
Cimg2558
 対岸に「岡山城」や「後楽園」のある河川敷は満開のソメイヨシノが咲き乱れ、大勢の見物客でにぎわっていました。
 4人は桜並木の尽きるところにある「(竹久)夢二郷土美術館」前のレストランで食事を楽しみながら、しばらく昔話に花を咲かせ、楽しい時間をすごしましたが、私は相変わらず体調が思わしくなく、ここで夢二郷土美術館に入った3人と別れ帰宅。3人はその後、後楽園に入って桜を楽しみました。
 M夫妻は15時ころ松山に帰っていきました。


 翌6日の日曜日、何とか体調も回復気味で、奥様と二人自転車に乗り、近くの「操山公園(みさおやまこうえん)」の里山センター近くにある池の周りで桜見物をしました。
Cimg2568
桜の本数は前日の旭川ほどではありませんが、ここもソメイヨシノが満開で、団体客や家族連れのグループがバーベキューなどを楽しんでいました。
 私たちも買ってきた寿司などをつまみ、のんびりとすごしましたが、お酒などを用意していなかったのが少し残念でした。Cimg2572

 奥様は里山センターの建物が気に入ったらしく、結構熱心に展示物などを見物。私が講堂のビアノを悪戯で弾いていると(弾けるわけではありませんが)、管理人の方が不審そうに覗きにきました。いい歳をして悪戯はいけません。Cimg2584

 センターのすぐ裏には、私の好きな古墳があり、横穴式の石室が露呈しています。石組みは結構精緻で7世紀の後期古墳に属するもののようですが、まだ古墳の名前が付けられていないようでした。
Cimg2587

奥様も奈良県明日香村の「石舞台」以来の古墳の石室に興味深く覗いています。
(写真で石室を覗いている不審な男は誰でしょう)
Cimg2594
 その後は「百間川(ひゃっけんがわ;旭川の分流)」の河川敷沿いを自転車でのんびりと帰宅。奥様は連日の行動で少し疲れたようです。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年3月 9日 (日)

操山(みさおやま)古墳群探訪〜その2〜

 先週の土曜日に引き続き操山古墳群探訪に出かけました。昨日ほどではないけれど、今日はようやく春らしい陽気です。09時に自転車で出発。今日は操山公園の北側の中間点に当たる「沢田」集落まで出かけ、一旦「操山公園里山センター」に立ち寄りました。
Cimg2434
 センターには結構ハイカーの団体が集まってきています。ここで「操山ウオーキングマップ」を200円で購入。この地図には古墳の位置も詳細に載っています。
 先週見逃した「沢田大塚古墳」に向かいました。急峻な登山道を200mほど上り古墳に到達。古墳は少し林に入った所にあるので、注意しておかないと見逃してしまう恐れがあります。
Cimg2444この古墳の石室は非常に立派です。Cimg2460羨道の天井が高く、かがまなくても平気です。玄室の天井もさらに高く使用されている石材も巨大なもので、操山古墳群中最大の石室なのです。
 石室奥には後代の石仏が祀ってあり、集落に近いこともあって地元の人たちの信仰を集めているようです。
 石室内から外を写してみましたが、その大きさが判るでしょう。
Cimg2475
 次に道ばたの「柿の木古墳]を見学。この古墳は古墳群中で一番判りやすい農道の脇にあります。ごくさりげなく存在し、古墳名の表記もありません。ウオーキングマップのおかげで名前を知ることが出来たのです。

 次は「石鉄山(いしぐろやま)古墳」です。この古墳は公園の中に幾つかある頂上の中の「円山」山頂付近にあります。老婦人が竹林の横に座っており、声をかけるとタケノコ取りをしているとのこと。しばらくタケノコ談義になりましたが、10個程の小さなタケノコを見せてくれました。まだ黄色い5〜10cm程の長さのタケノコです。「もしかして!」と思いましたが、何も起こりませんでした。(いったい何を期待していたのやら)
Cimg2511_2

石鉄山古墳の石室の用材がなかなか面白く見えます。石室は何とか潜って行けそうでしたが、よしておきました。なかなか奥行きがありそうです。
 円山山頂から東に下りる道は非常に急です。途中に「56号墳」が道端にありました。

Cimg2523_2

 その後は先週訪れた「円山不動尊」への道をたどりました。この途中にも「58号墳」の石室が林の中にあります。(写真は58号墳)
 今日は約3時間程山の中を散策。元の登り口まで戻り「百間川(ひゃっけんがわ)」の川沿いで弁当をいただいて自転車でのんびりと帰ってきました。

| | コメント (0)

2008年3月 8日 (土)

携帯電話

 今日は今年初めての暖かく絶好の天気。体調も何時になく良いのですが、史跡巡りではなく、我が家の奥様と二人で2台の携帯電話の機種変更に行きました。
 5年ほど使っていた携帯電話で、電池の消耗が甚だしい状態だったのですが、これで安心です。
 もっとも私の携帯は通常は仕事場のものを使っているので、いつも家にあり、携帯の意味がありません。

 名古屋の美夜ちゃんは、今日両親と大阪のおじいさん、おばあさんの家に梅見に行ったそうです.
 大阪のおじいさん、おばあさんの家の「しだれ梅」は本当に綺麗です。個人の家であれほどの梅があるのも珍しいでしょう。
 それにしても美夜ちゃんは今日も人見知りをして泣いたそうです。先日私たちが名古屋に行った時もそうでしたが、一日あれば慣れるでしょう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年3月 1日 (土)

操山(みさおやま)古墳群探訪

 この1月中旬から私が住んでいる岡山市の東山周辺は、古代「吉備の國」の2大勢力のうちの一つがあった地域で、その首長達の墓が操山を中心に数多く(前期古墳から後期古墳、群集墳など260基程)残っています。
 今日は朝から前線の弱い雨がありましたが、それも8時過ぎには上がり、青空が見えてきました。午後からは寒気が入って少し時雨れそうでしたが、09時弁当を持って出かけました、
 Cimg2296
 操山古墳群は、西端の操山(168m)から東の笠井山周辺の東西約3km程の尾根筋に広がっています。
 操山は全体が公園になっており、登り口がいくつもありますが、そのうち家から最も近い御成町の登り口に徒歩10分弱で到着。本当に操山古墳群はあっけなほど近いのです。
 しばらく急な山道を登り、「三勲神社」跡(和気清麻呂、楠木正成、児島高徳を祀っていたらしい)、名も知らぬ小さな古墳の横穴式石室等を見学しながら、間もなく「萩の塚古墳」に到着。
 この古墳は直径10m程の小さな円墳ながら、横穴式石室の長さは8.2mもあります。(下の写真は萩の塚古墳)(この中に誰か住み着いているらしく、ブルーシートがお置いてあり、たき火をしていたためか石室内が煤で真っ黒です)
Cimg2327
 次は「旗振台古墳(古墳時代前期の方墳)」ですが、その周囲は展望公園になっており、老人達が5人程散歩に来ていました。彼らの話をそれとなく聞いていると、毎日登ってきているようです。
 写真は旗振台古墳から見た児島湾ですが、中央に「高島」というごく小さな島が見えます。れは神武天皇が九州から東征の途上、3年間を過ごした所と考えられます。
Cimg2338
 アップダウンの激しい山道を辿り「沢田裏山古墳」を経由して「八畳岩古墳(墳丘は失われていますが直径15m程の円墳です)」に到着。写真を見れば何処かで見たような気がするかも知れません。まるでその石組みは飛鳥の「石舞台」の小型のようです。
Cimg2353
 次は「二股古墳(直径10m程の円墳)」ですが、この古墳は石室が途中で2室に別れている特殊なものです。
 Cimg2370
 「金蔵山古墳(全長165mの前方後円墳)」は山頂を利用して造られているので、前方後円墳とは見えず、まるで大きな森です。
Cimg2385
 後円部に登ってみると竪穴式石室の一部が露呈しており、石室内の石組みを見ることが出来ました。狭くて中には入れませんが、カメラを中に入れて撮影してみました。小さな石を綺麗に積み上げていることが判ります。全く整備されていないので、そのうち石室が陥没してしまうのではないでしょうか。早期の整備が望まれます。
Cimg2391
 約4時間にわたって、古墳を探しながら歩きましたが、最近すこし体がなまっているせいか、足に少し違和感があり、途中で切り上げ、帰りは護国神社へ降りる道を選びました。

 この記事の詳細は後日「古代への道」でレポートしたいと思います。

 それにしても、岡山の人達は親切で優し人達が多いようです。操山一帯は全体が公園になっており今日は訪れませんでしたが「里山センター」や寺社等も沢山あるようです。このためご夫婦で散策をされている中高年の方々も多く、地図や案内板をを眺めている私をみて、何人もの方が声をかけてくださり、おかげで方向音痴の私も大きく道を間違えずに済んだ次第です。
 今日は操山古墳群の一部を見ていませんが、本当に近いのでこれから何度か訪れることになりそうです。こんな環境の所に済むことが出来て幸せです。感謝!!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月26日 (火)

私たちの美夜受比売(みやづひめ)

 昨夜娘に聞くと美夜ちゃんは元気はあるようですが、まだ咳が止まらないようです。お母さんも風邪を引いて大変の様子で少し心配です。
Miya1
 早く回復するように久しぶりにパソコンでお絵描きをしてみました。
 私のお気に入りの美夜受比売の写真から選んだものです。
・・・・今電話があって美夜ちゃんは治ったそうです。・・・
     良かった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月23日 (土)

岡山の古墳巡り(小手調べ)

 岡山に来て40日、初めての史跡巡りですが、小手調べで、ごく近所にしました。
 今日は朝から前線が通り、その後強い冬型気圧配置になる予想。9時頃には前線の雨が10分程降ったのですが、間もなく止むだろうと自転車に乗り、近所の「岡山市埋蔵文化財センター」をめざしました。
Cimg2245
 ここは5分弱でアッッサリと到着。館内は女性職員1名以外は誰もいません。展示物は1階にありますが、建物の大きさからすると、ごく小規模です。ここで「岡山市遺跡地図」(結構立派です)をいただきました。ここは歴史講座等もあるそうですが、我が家にごく近いので今度ゆっくりと訪れることにして、センター背後の丘陵にある古墳を目指しました。
Cimg2262「操山109号墳(長76mの前方後円墳)」と「網浜茶臼山古墳(墳長92mの前方後円墳)」は現代の墓になっています。特に操山109号墳はただの薮に見えました。(上の写真は操山109号墳の後円部から見た茶臼山古墳)
Cimg2281
 そこから、東山の丘陵を上り下りしながら「湊茶臼山古墳(墳長150mの前方後円墳)」を目指しました。古墳の周りを一周したあと後円部に登ってみましたが、そこには中央に丸く現代の石組みが造ってあります。
Cimg2289
 今日の3古墳はいずれも丘を切り崩して造ったもののようです。また、特殊器台形埴輪を伴う古式の前方後円墳の位置付けになっているようです。
 今日は前線通過後の風が強く、おまけによそ見をしていて自転車ごと転けてしまい、顔面で着地したり(なんとか大事にはならず、傷もありませんが)、どうも本調子ではありませんでした。
 次は4km程東にある操山古墳群を見学したいと思っています。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年2月18日 (月)

美夜ちゃんに逢ってきました

 じいさんとばあさんは土曜日に名古屋の美夜ちゃんに逢いに行きました。
 美夜ちゃんは前日から少し風邪気味で元気がない状態でした。おまけに人見知りが始まったらしく、私たちをみて涙ぐむ始末。それでも次第に笑ってくれるようになり一安心。Cimg2212当日は冬型の寒い日で新幹線の中から関ヶ原の雪景色を観ながら、もうすぐ美夜ちゃんに逢えるとワクワクでした。
 寒いので美夜ちゃんを外にも出さず、2日間じいさんとばあさんは美夜ちゃんにベッタリとくっついて過ごしました。
 美夜受比売(みやづひめ)がいる熱田神宮の参拝はもう少し暖かくなってからにしましょう。
Cimg2209

2ヶ月ぶりの美夜ちゃんは女の子らしくなり可愛さも倍増、私たちは満足して岡山に帰ってきました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月11日 (月)

母の3回忌

 母の3回忌で高知県の西端の田舎に帰ってきました。8日14時前に岡山を発ち18時30分頃田舎につきましたが、大阪にいた頃よりは1時間以上近くなりました。9日に法事や奥様のお母さんの見舞いを済ませ、昨日14時前に帰ってきました。田舎の実家前の公園では梅が満開です。
Cimg2154
 今日は奥様と自転車で家の近くを探検しました。「岡山市埋蔵文化センター」もすぐ近くにあることを確認出来ました。この辺りは結構便利な所のようです。
 さて来週は美夜ちゃんに逢えるかもしれません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月 3日 (日)

岡山の史跡

 岡山に来て2週間が過ぎましたが、これで3回目の南岸低気圧による積雪です。それも休みの日ごとに起こるのでどこにも出かけることが出来ません。
 岡山の史跡を巡る計画はまだ出来ていないのですが、インターネットで自分の住んでいる付近を探していると、ありました!!
 なんと、自転車で3分くらいの所に「岡山市埋蔵文化センター」があるではありませんか。残念ながら今日(日曜日)は開いていないようですが、ここに行けば労せずに岡山市の史跡のことが判る資料が手に入るはずです。来週も母の3周忌のために田舎に帰るので、しばらくはお預けになりますが、なるべく早く出かけることにしましょう。
 古墳もごく近所にあるようです。「湊茶臼山古墳;墳長150m」をはじめ、「網浜茶臼山古墳;墳長92m」などの中〜小型の前方後円墳が数基、家から500m〜2kmの範囲にあるようです。
 これなら、いつでも見られます。さすが吉備の國ですね。
P1020246

 美夜ちゃんは風邪をひいているとの知らせで少し心配です。写真はお父さんにミルクを飲ませてもらっているところです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年1月25日 (金)

ようやく

 今日は先週の振替で一日休みになり、宿舎の管理人の所まで手続きに行ってきました。これでようやく慌ただしかった転勤の一連のことは終了しました。夕方前、米子のH氏が急用で福山に行った帰り我が家に立ち寄りましたが、道路が凍結するまでに米子に帰るとのことで、1時間弱で帰って行きました。
 今日も冬型の雪が舞う一日で、最近寒さに参っています。
Osuwari 昨夜送ってもらった、お座りする美夜ちゃんです。
 眼に入れても痛くないと、よく云いますが、そのとおりのようです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年1月12日 (土)

しばしの

 この1週間でなんとか諸手続きや引き継ぎ資料の関係を済ませました。明日の午後、荷物を搬出し、4年間住んだこの家ともお別れです。
 15日朝、辞令を受けに一旦大阪に戻り、午後には岡山に着任します。19日(土)には防災シンポジウムがあり、代役のコーディネータを務めねばなりませんので、まずはそのことに全力を傾けます。
 岡山でのインターネット回線の開通は15日以降です。
 と云うことで、Blogの再開まで皆様としばしのご無沙汰となります。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年1月 7日 (月)

突然ですが

 突然ですが今月の15日付けで転勤が言い渡されました。
 昨年の年の暮れにそれとなく打診があったのですが、その後なしのつぶてで、のんびりと正月や史跡巡り等をして過ごしていました。
 あと1週間しかありませんので、これからが大変です。通常はこのようなことは無いのですが、少し事情があり、仕方がありません。4月の転勤なら気楽に喜ぶ話なのですが。
 いずれにしても、しばらくは当面の課題に全力を傾ける必要がありそうです。
 それにしても赴任先が岡山なのは幸運でした。
吉備の國も神話時代や古代の遺跡が沢山ありますから。
 全国で4番目の規模を誇る前方後円墳の「造山古墳(つくりやまこふん)」などもあり、しばらくは楽しめそうです。
 多分最後の転勤になりそうですが、その2年間も時々大和の史跡を訪れに来たいと思っています。(退職後は奈良県の何処かに住むつもりです)
Cimg2100

 あまりにも近いため今まで写真を撮っていなかった「仁徳天皇高津宮(たかつのみや)」跡碑で、これは府立高津高校玄関脇にあります。昨日行ってきました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年1月 5日 (土)

橿原から磐余(いわれ)の天皇宮跡をたづねる

 新年を迎え、今年最初の史跡巡りに出かけました。
 コースは、橿原神宮前駅ー応神天皇軽島豊明宮(かるしまのとよあきらのみや)ー孝元天皇剣池嶋上陵(つるぎのいけのしまのうえのみささぎ)ー甘樫坐神社 (あまかしにいますじんじゃ)ー向原寺(むくはらじ)ー難波の堀江甘樫丘公園天武天皇飛鳥浄御原宮(あすかのきよみはらのみや)ー鎌足神社 (藤原鎌足生誕地)ー顕宗天皇近飛鳥八釣宮(ちかつあすかのやつりのみや)ー山田寺跡稚桜神社(わかざくらじんじゃ);神功皇后・履中天皇磐余稚桜宮(いわれのわかざくらのみや)ー御厨子神社(みずしじんじゃ);清寧天皇磐余甕栗宮(いわれのみかくりのみや)ー春日神社;用明天皇磐余池辺雙槻宮(いわれのいけのへのなみつきのみや)ー神武天皇聖蹟碑ー近鉄桜井駅。盛りだくさんの約14kmです。
 08:50近鉄阿倍野橋発吉野行き急行電車で橿原神宮前駅09:29着。
 今日は見所が多すぎるので、簡単にレポートし、後日「古代への道」で詳細を報告することにします。
Cimg1938 応神天皇軽島豊明宮は橿原神宮駅から南東500mにある「春日神社付近」なのですが、私が持っていた地図がいいかげんで、20分程迷ってしまいました。
Cimg1957
 写真は応神天皇軽島豊明宮から東へ約500mにある孝元天皇剣池嶋上陵の拝所です。いつも剣池の反対側から古墳の写真を撮っていたので、今日は拝所まで行ってみました。
Cimg1962 そこから東へ500m程にある「和田池」から「甘樫丘(あまかしのおか)」が朝靄の中に見えます。
Cimg1968
 和田池の北堤を300mほど東に歩くと甘樫坐神社があります。写真は境内にある「立石」で「允恭(いんぎょう)天皇」の時代に氏姓制度の乱れを正すために、ここで「盟神探湯(くかたち、くかだち、くがたち;熱湯の中に手を入れ火傷をしなかったら正しいと判断)」が行われました。古代の人達は無茶をしたものです。
Cimg1978
 甘樫丘を越えると、そこは飛鳥です。以前、天武天皇の飛鳥浄御原宮跡碑があった「石神遺跡」付近に行ってみましたが、どこにも見当たりません。(正面の山は「天香具山」です)
Cimg1983
 最近は「板蓋宮(いたぶきのみや)」の上層に浄御原宮があった、と云う説が有力なので、元の碑は撤去されたのでしょう。近くの案内板を見るとやはり、そのようになっていました。
Cimg1995
 そこから「飛鳥坐神社(あすかにいますじんじゃ)」の北横を800mほど行くと「八釣(やつり)」という集落があります。
 地図ではそこに顕宗天皇近飛鳥八釣宮があるはずですが、見当たりません。とうとう行き過ぎてしまい、そのおかげで「鎌足神社」を見ることが出来ました。
 畑仕事をしている男性に宮跡とされる「弘計(をけ)神社」の場所を訊ね、何とか辿り着きましたが、そこは川を挟んで地図とは逆の所にありました。地図はいつも正しいとは云えないのです。
 地元の人は弘計神社を「八釣の宮さん」と呼んでいるそうで、弘計神社が正式名とは知らなかったと云うことでしたが、本殿を覗いてみると神社名盤には弘計神社と書かれていました。
 この近くに「八釣マキト古墳群」があります。ここで食事をとりましたが、二度迷ったおかげで1時間ほど計画より遅れてしまいました。
Cimg2013
 八釣宮から北へ1km程歩くと非業のうちに亡くなった「蘇我倉山田石川麻呂」が建立した「山田寺」跡があります。今は広大な敷地に土壇と碑が建っているだけです。 
Cimg2034
 そこからは磐余(いわれ)の地です。2.5km程の単調な「山田道」をひたすら北に歩き、安倍小学校前から西に1km弱で神功皇后・履中天皇磐余稚桜宮があったとされる稚桜神社に着きました。
 神功皇后は最初に書いた応神天皇の母、履中天皇は応神天皇の孫にあたります。
Cimg2056
 そこから西北西約1kmに清寧天皇の磐余甕栗宮があったとされる御厨子神社があります。
 神社横に「みずし観音」があり、ついでに行ってみると、子安地蔵様もおられたので孫の美夜ちゃんのことをお願いしました。
Cimg2072
 最後に訪れたのは用明天皇の磐余池辺雙槻宮があったとされる春日神社ですが、その南に隣接して「吉備池」があり、その堤に上がってみると、万葉歌碑が幾つかありました。
 写真は「持統天皇」の陰謀により(?)この付近で非業の死を遂げた「大津皇子(おおつのみこ)」を悼んだ姉の「大伯皇女(おおくのひめみこ)」の歌です。
 碑の背後には二上山(大津皇子の墓がある)が肉眼では確認出来たのですが写真にははっきりとは写っていませんでした。
 うつそみの、人にある我れや、明日よりは、二上山(ふたかみやま)を、弟背(いろせ)と我が見む


Cimg2078
 写真は磐余池辺雙槻宮跡の春日神社です。
Cimg2086
 神社横には神武天皇聖蹟碑があります。これは神武天皇東征の聖蹟を顕彰するために日本の各地に建てられたものですが、神武天皇はこの磐余の地で最後の勝利を得たとされているのです。

 長時間歩き続け疲れきった体と気力を励ましながら、桜井駅までの2.5kmの道を歩いて今日の行動は終了です。
 正月休み、毎日ゴロゴロしていたせいで前半は何か気力が沸き上がってきませんでしたが、後半は順調に歩くことが出来ました。
 近鉄桜井駅14:54発急行電車で上本町15:35着。16時少し前に帰宅しました。

P1020241
今日娘がメールで送ってくれた美夜ちゃんです。
 椅子に座ってご機嫌ですね。
 お爺さん・お婆さんは早く逢いたくてたまりません。


| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年1月 2日 (水)

明けましておめでとうございます

 明けましておめでとうございます。
 皆様、本年もよろしくお願いします。

Cimg1923

 今日は高津神社にお祓いを受けに行ってきました。この神社でお祓い等を受けるのは、安産祈願、美夜ちゃんのお宮参り+婿の厄よけに続いて3回目です。        


Cimg1927

 この神社は仁徳天皇の高津宮跡に造られた神社で、祭神は仁徳天皇、配神として父の応神天皇、息子の履中天皇が祀られているのです。
 拝殿内で病気平癒等のお祓いを受けたあと祈願絵馬を奉納しました。これは孫の美夜ちゃんの幸せを祈るものです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年12月31日 (月)

この一年

 この一年、多くの史跡を巡りました。体調が悪い日もありましたが、何とか無事に一年を締めくくれてよかったと思っています。Ca330124

 7月には初孫の「美夜受比売(美夜ちゃん;みやづひめ)」も誕生し、本当にすばらしい年であったと思っています。ミーニャは最近、娘が赤ちゃんだった頃とそっくりになりました。

 

 これが一年の行動記録ですが、H氏、K氏や花見の会のO夫妻、F氏、T氏につき合っていただいて本当に楽しく、一つ一つが私の良い想い出になっています。

「初瀬街道の宮跡を訊ねて」
花見の会例会「泉涌寺から御香宮神社まで」Cimg1261

「孝霊天皇・開化天皇の陵と宮跡をたずねる」
「高取城跡の紅葉と猿石との再会」
花見の会例会「山辺の道を歩く」
「神武・綏靖・安寧・懿徳天皇の陵墓を訪ねる」
「瓢箪山古墳と山畑古墳群」
「玉手山古墳群と玉手山(安福寺)横穴群」
「河内大塚山古墳と雄略天皇陵」
花見の会例会「枚岡神社から石切劔箭神社まで」
「北・山辺の道を辿る その2〜3」
「炎天下に明日香を歩く」
Cimg0722

「高井田横穴群をたずねて」
花見の会例会「鞍馬寺と貴船神社」
「孝昭・孝安天皇陵と秋津島」
「三輪王朝の宮跡と珠城山古墳」
「堺ずっこけ散策騒動記」
「高安の里の古墳めぐり」Cimg8374

「石光寺の牡丹」と「どんづる峯」
「香芝花咲きウオーク2007」
「北・山辺の道」
送別の道「山辺を辿る」
「新沢千塚古墳群と宣化・懿徳天皇陵」
「近つ飛鳥風土記の丘・一須賀古墳群と敏達天皇陵」
「當麻の里の古墳巡り」

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年12月24日 (月)

初瀬街道の宮跡を訊ねて

 ようやく体調も回復しつつあり、3連休の最後に史跡巡りの虫が騒ぎだしたので、やせ我慢をせずに出かけて行きました。
Cimg1822  (写真は初瀬川)
 大和方面と伊勢を結ぶ「初瀬街道(はつせかいどう)」は有名な古道です。今日は「長谷寺」駅から「桜井」駅への約10kmを三人の天皇の宮跡を訊ねながら歩きました。
 08:53の青山町行き急行電車に乗り、桜井で普通電車に乗り換え「長谷寺」駅10時頃着。
Cimg1839 長谷寺にはよらずに、西に1.5km程歩けば「十二柱(じゅうにはしら)神社」があります。ここは25代「武烈天皇(ぶれつてんのう);小泊瀬稚鷦鷯尊(をはつせのわかさざきのみこと)」の「泊瀬列城宮(はつせのなみきのみや;桜井市出雲)」の伝承地になっているのです。
Cimg1842
 そこから更に1.5km程西に歩くと「白山(はくさん)神社」があります。
Cimg1869
 21代「雄略天皇(ゆうりゃくてんのう);大泊瀬幼武尊(おおはつせわかたけるのみこと)」は、この辺りに宮(「泊瀬朝倉宮(はつせのあさくらのみや;桜井市黒崎)があったそうですが、この神社には天皇の宮碑は無く、代わりに「万葉集発燿讚仰碑」があります。
 これは雄略天皇の歌が万葉集の冒頭を飾っていることによります。「籠もよ み籠持ち ふくしもよ みぶくし持ち この岳に 菜摘ます児 家聞かん 名告らさね そらみつ 大和の国は おしなべて われこそ居れ しきなべて われこそ座せ 我こそは 告らめ 家をも名をも 」
Cimg1856
 以上、2名の天皇はいずれも「悪逆天皇」とか、非常に評判が悪いのですが、逆の評価もあり、それは歴史の闇の中です。

 29代「欽明天皇(きんめいてんのう);天国押波流岐広庭(あめくにおしはるきひろには)」の「磯城島金刺宮(しきしまのかなさしのみや;桜井市金屋・外山)」碑は以前、桜井市水道局の構内にありましたが、今は移転しています。
 一旦、水道局まで行き移転地の掲示を確かめて「磯城島公園」に行ってみました。宮跡の碑は「仏教公伝碑」と「磯城邑(日本という意味)伝称碑」の間に建っています。この辺りは仏教が初めて伝わった地で、おまけに日本の始まりの地と云うわけです。
Cimg1897
 まだ体調は完全復調とは云えませんが、何とか10km強の道程を歩き、桜井駅に着きました。
Cimg1907_2
 この後、「神功皇后」、「履中天皇」、「用明天皇」、「清寧天皇」の宮跡がある「磐余(いわれ)」地区を歩こうと思ったのですが、後6km程歩く必要があり、体調を考えて次に回すことにしました。
 久しぶりの史跡巡りは本当に楽しく、思い切って出かけてよかったと思っています。

 この記事の詳細は後日「古代への道」に掲載します。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年12月22日 (土)

外は冷たい雨

 南岸を低気圧が通過中で朝から冷たい雨が降っています。
 史跡巡りもしばらくお預けで、外を見ていたらイタチ(フェレット?)が植え込みの上で遊んでいました。Cimg1809

 今までも何回か見かけたことがあるのですが、写真におさめたのは今日が初めてです。
 何を食べて生きているのか判りませんが、その行動を見ていると結構可愛いものです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年12月19日 (水)

なんとか

3日続きで病院に行ってきましたが、昨日夜から何とか回復の兆しがあります。今日聞いたCT検査結果も特段に病理の進行は無く、腸閉塞にもなっていません。引き続き経過を見ることになりました。
P1190011
 まだ本格的な回復には時間が多少かかりそうで、名古屋の美夜受比売に逢いに行くのも来年になりそうです。
 史跡巡りもお預けです。今は雑草が枯れているので、小さな古墳を訪ねるのには絶好の季節なのです。(写真は2002年1月の墳丘が残っている高松塚です。)
飛鳥を歩くくらいなら何とかなりそうですが。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年12月10日 (月)

一安心

 名古屋に帰って行った美夜ちゃんの写真やムービーを娘が送信してくれました。
Ca330118
 昨日は環境が変わったせいか、なかなか泣き止まなかったようですが、今日はこのように元気の様子。おぢいさん・おばあさんも一安心です。
 たった一日ですが写真を見ると、なにやら少し大人びた感じです。
 爺バカですかね。
 美夜ちゃんへ、おぢいさんも少し元気になりました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年12月 9日 (日)

ありがとう美夜受比売(みやづひめ)

 今日、私たちの「美夜ちゃん」が名古屋に帰って行きました。名古屋のお父さんが迎えにきて、昼過ぎの新幹線で帰るのを、お爺さんとお婆さんは見送ったのですが、本当に涙が出てしまいました。
 帰り道二人はほとんど会話もなく、家のドアを開けても美夜ちゃんの笑い顔が無いのは想像していた以上に寂しく感じました。
Cimg1777
 私がいつも「美夜受比売(みやづひめ)」と呼んでいる美夜ちゃんは7月12日に誕生以来5ヶ月大阪の我が家で、笑ったり泣いたり、眠ったり、ミルクを飲んだり、毎日仕事から帰って、美夜ちゃんをお風呂に入れるのが楽しみで、本当に幸せを実感しました。美夜ちゃんのおかげで、4年前にお嫁に行った美夜ちゃんのお母さんとも久しぶりに7ヶ月一緒に過ごすことが出来たのです。以前のように喧嘩もしましたが、お婆さんも幸せを感じていたことと思います。
Cimg1787
 「みーちゃん」、「ブッッチャーさん」、「ブーニャン」、「そらまめ親分」、「ミーニャ」、そして「みやづひめ」、元気に名古屋で待っていてください。お爺さんとお婆さんは寂しくなったら、すぐに逢いに行きます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年12月 8日 (土)

花見の会例会・泉涌寺から伏見まで

 花見の会例会で京都を歩いてきました。
 コースは今熊野観音寺→泉涌寺→東福寺→伏見稲荷→宝塔寺→深草北陵→藤森神社→御香宮です。
 メンバーは今回奈良のF氏が参加できず、O氏、T氏、私の3人になりました。
Cimg1647
 写真は「泉涌寺」の天皇廟です。天皇陵の資料を集めている私のことを知ってO氏が、このコースを選んでくれたようです。この廟には平安時代の20人の天皇の墓があるのですが、泉涌寺にはその他にも「楊貴妃観音像」という面白いものがあり、美人になりたい女性の信仰を集めているとのことです。
Cimg1671
 「東福寺」の紅葉も先週末が最盛期で、今日はほとんど色あせた状態でした。それでも大勢の人たちが寺を訪れています。私たちは中には入りませんでした。
Cimg1681
 「伏見稲荷」は大きな神社です。ここには御紳水があり、私も一杯いただきました。
Cimg1698
 「宝塔寺」の山門前で写した紅葉です。ここでT氏が・・・
Cimg1702
 ここは「深草北陵」です。ここにも12人の天皇が眠っているのです。よく見ると立ち入ることが出来ない陵の中に不謹慎な男が一人侵入しているのが見えます。
Cimg1720
 「藤森神社」も大きな神社ですが。ここは「菖蒲の節句」発祥の神社とのこと。境内では流鏑馬神事も行われるそうです。
Cimg1737
 近鉄「桃山御陵駅」近くにある「御香宮」の銀杏は今が盛りです。
 その後伏見の商店街を抜け酒造会社を2つ訪れるO氏の計画でしたが、朝から私の体調が悪く、そのまま歩いていると少し不安なため、途中で切り上げました。
 最後にお好み焼き屋に入り軽く懇親会をして解散しましたが、それにしても今回は私の体調不良で終始二人に心配をかけてしまいました。
 このためこのレポートもかなり手抜きです。
 詳細については後日「古代への道」に掲載する予定です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年12月 1日 (土)

孝霊・開化天皇と黒田大塚古墳

 最近職場で色々なことがあり、気分転換が必要です。と言うことで古代の天皇の陵と宮の資料集めのために出かけました。08:19のバスで天王寺に、そこから08:39の大和路快速で王寺駅08:57着。王寺駅の前にある近鉄新王寺駅から9:15の電車で田原本町の黒田9:32着
Cimg1471
 まず孝霊天皇を祀った「廬戸神社(いおりどじんじゃ;孝霊神社)」に向かいました。駅から徒歩5分ほどにあるこの神社は、池の畔に浮かんでいるように見えます。
Cimg1472
 孝霊天皇の宮跡の手前に「黒田大塚古墳」があります。この古墳は後期の前方後円墳で86mありますが、元はもう少し大きな古墳であったようです。墳丘から降りるときに滑り転けてしまいましたが、幸いなことに怪我はありませんでした。
Cimg1496
 第7代「孝霊天皇(こうれいてんのう)」の「黒田廬戸宮(くろだのいおとのみや)」跡は、「法楽寺」という小さなお寺の付近にあります。
Cimg1500
 ここは「桃太郎伝説発祥の地」とのことですが、これは桃太郎のモデル「吉備津彦(きびつひこ)命」が孝霊天皇の息子であることに由来します。
 ここから黒田大塚古墳の道を戻り、駅に向かうところで「コラー何処を通ってる!!」とお爺さんから怒られてしまいました。どう見ても駅に続く道と思うのですが、一部が私道なのでしょう。謝って迂回しましたが、「コラー!!」と怒鳴られるのは中学生時代以来です。もう二度と黒田を訪れることは無いでしょう。
Cimg1508
 王寺駅に戻り、そこから南に1.5kmほど歩いたところにある「孝霊天皇片丘馬坂陵(かたおかうまさかのみささぎ)」を訪れました。緩やかな上りの舗装道を歩くのですが、道路も秋色に染まっていました。
Cimg1531
 孝霊天皇陵は山間の静かなところにあり、今、紅葉の盛りです。ここで家から用意してきた昼食を取りました。
 王寺駅まで戻り11:56の大和路快速でJR奈良駅12:11着。
Cimg1565
 第9代「開化天皇(かいかてんのう)春日率川宮(かすがのいざかわのみや)」は奈良市街の「率川神社(いざかわじんじゃ)」が伝承地です。小さな神社ですが、なかなか由緒があります。桜井市の「大神神社(おおみやじんじゃ)」の摂社で、祭神は姫蹈鞴五十鈴姫命、玉櫛姫命、狹井大神ですが、そのほかにも事代主神、武甕槌命、天児屋根命、住吉の神々などオールスター状態です。
 Cimg1591
 「開化天皇春日率川坂上陵(かすがのいざかわのさかのえのみささぎ)」はそのすぐ近くの繁華街にあります。これまで沢山の天皇陵を見てきましたが、一番にぎやかなところにあるかも知れません。
 近鉄奈良駅から13時過ぎの急行電車で上本町まで戻り、そこで少し買い物をして、帰宅したのは14:30でした。
 これで、初代神武天皇から12代景行天皇までの「陵」と「宮」の写真資料は全て揃いました。陵の資料は42代「文武天皇」までほぼ揃っていますので、そろそろHPとして纏めることが可能になりました。
    この記事の詳細はこちらです。


 Cimg1612
 さて、今日の美夜ちゃんです。お母さんが一時名古屋に帰っているので、おばあさんが子守をしています。 今日訪れた「法楽寺」は「子安地蔵」、「率川神社」は「子守明神」さんでしたので、美夜ちゃんのことを沢山お願いしてきました。来週には名古屋に帰ってしまいますが、元気な可愛い女の子になってください。美夜ちゃんが名古屋に帰る日、お爺さんはどこかに出かけているつもりです。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年11月23日 (金)

高取城趾の紅葉と猿石

 米子に住んでいる友人のH氏が2ヶ月ぶりにやって来ました。前回は飛鳥を歩いたのですが、今回はH氏お気に入りの紅葉スポットである高取城趾の紅葉にしました。08:30待ち合わせ、近鉄阿部野橋発08:50の吉野行き急行で壷阪山駅09:36着。
 Cimg1309
 高取町の「お城祭り」が開かれる日で、いつもは1駅前の飛鳥駅で降りる人たちが大半で壷阪山まで行く人はまばらなのに、今日の壷阪山駅は大勢の人だかりです。H氏は昨年に引き続き「スルット関西カード」を使ったために駅の精算機の前で5分ほど足止めをくいました。全く懲りない人です。
 Cimg1322
 土佐街道もいつもと違い、混雑しています。祭りのメイン会場では武者牛列のおじさん達が、準備中です。たぶんこのお城祭りが高取町の最大のイベントなのでしょう。しばらく土佐街道の様子などを楽しんだ後、山登りの開始です。
 Cimg1341
 今回はH氏の案内で駅から高取城趾までの北側のルートを徒歩で登りましたが、やはり険しい道です。途中で有名な「高取の猿石」と再会でき、感慨ひとしおです。実は初めに土佐街道沿いにある「人頭石(明日香と高取に7体ある猿石の一つ)」も見物しようと訪れてみたのですが、門が固く閉ざされ(紐で縛ってある)見ることが出来ませんでした。高取のメインの史跡なのに、なんと言うことでしょう。中に入らせるのがいやなら、せめて植え込みを切って、外からでも見えるようにすべきです。文化財は個人の(寺)の独占物ではないはずです。
 Cimg1353
 駅から約2時間急な坂道を上り、大手門の紅葉に到着しました。昨年と比べ紅葉の時期が大きく遅れているようで、発色も今一です。
Cimg1400
 本丸跡の大きなもみじは真っ赤ですが、やや発色が悪く感じました。それでも、その迫力に圧倒されます。
 Cimg1421
 下山は「五百羅漢」を経由して壺阪寺までのコースです。昨年は手術後1年で、体力や脚力が伴わず足の筋を痛めて同行したH氏とK氏に心配をかけた私ですが、今年は運動不足のH氏よりも元気な位で、自分ながら、よくここまで回復したものだと思います。ただし腸の具合は回復しないままです。
 Cimg1440
 壺阪寺の紅葉も綺麗ですが、今年も境内に入るのはや